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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで…?
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447手間

 足が使えない乗馬というのは思いのほか恐ろしい、例え体が(かし)いでも元に戻す手段がない、つまりは即落馬。

 だが今回はクリスが一緒に乗っている、落ちないよう彼の腰に頬を押し付ける様に抱き着いているのだが、横乗りしているためどう見ても落ちかけて必死にしがみついてる様にしか見えない。

 流石にこれは見た目が悪いとゆっくりと這い上がる様に腕を上下させ、クリスの背中…肩甲骨あたりに頬が来るようにして今度は柔らかくその腰に手を回す。


「セ、セルカ!?」


「こ、これはアレじゃ! そう今まで頑張っておったクリスへの褒美という奴じゃ!」


 ワシは今クリスを後ろから抱きすくめている、となればクリスの背に当たるものがある。

 しがみつきバランスをとるのに必死だったのでワシも最初は気付かなかったが、クリスの慌て様とある程度落ち着いてきたことによりようやくその事実に気付く。

 けれども今更止める訳にもいかない、何せ並足とはいえ動いている馬上なのだ話した途端ぐらりと揺れて落ちるのは目に見えている。

 だから何もやましいことは無いと、ぎゅっと抱き着いてバクバクと早鐘を鳴らす心臓を努めて無視する。

 これはマズイこれはマズイと思いつつも回した腕を緩めることが出来ない、終始そんな状態だったためせっかくの外だというのに景色を楽しむ余裕など皆無。

 結局ワシが景色を楽しむ程度に余裕を取り戻したのは、遠乗りの目的地である街近くの湖のほとりにたどり着いてからだった。


「こ、ここは城から見えとった湖かの…」


「えぇ、そうですよ」


 少し温度の下がった頭で周囲を見渡せば、蒼い宝石を溶かしたかのような湖がふわふわな緑の器の中に浮かんでいるのが目に入る。

 まるで絵画から抜け出てきたような涼しげな光景は、湯だった頭を冷やすのに丁度良い。

 さらにキョロキョロと辺りを見回せば、出発したときには他にも同じ教室の者がいた筈なのだが、護衛などの人員を除きワシらだけにいつの間にかなっている。


「他の者たちは何処へ行ったのじゃ?」


「他の人たちはそれぞれ指定の場所に行っているよ。護衛の手だけは十分あるからね、集まっているより一人二人に護衛対象を絞った方がやり易いという事らしい」


 確かに戦力が十分であれば纏まっているとはいえ、ある程度バラバラな対象を護衛するより良いかもしれない。

 しばらく歩く馬上からの景色を楽しんでいると、馬を刺激しないようゆっくりと空の車いすを押してアニスが近づいてきた。


「クリストファー様、お嬢様。そろそろご休憩なされてはいかがでしょうか?」


「そうだね、そうしようか」


 クリスが手綱を引いて馬を止めると白馬は分かっているとばかりに足を折り、ワシが降り易いようにしてくれる。

 アニスがワシの体を支えている間にクリスがさっそうと馬から降り、ワシの体をひょいと抱え上げて車いすに座らせてくれる。


「ありがとうのぉ」


「いえいえ、このくらいお安い御用」


 当然の如く車いすを押すクリスをアニスが案内した先は、ちょっと草の上に敷くには豪華すぎるのではと思う人が数人寝転がってゴロゴロしても十分すぎるほどの広さの絨毯とお茶のセット。

 クリスが絨毯の縁に車いすを止めるとアニスがワシのブーツを脱がし、ワシを抱え上げて絨毯の真ん中へと下ろしてくれた。


「ふぅ…このような景色の中で飲むお茶というのも良いものじゃのぉ」


「そうだね、こういう所でゆっくりするというのも新鮮だしね」


「確かに貴族じゃと、そうそう外に行くことも出来んじゃろうしのぉ」


「ああ…いや、こういう所に来るときは大体狩りで来るからね。今回も元々は狩りをする予定だったらしいんだけども、それは残酷だと令嬢たちが苦情をいったらしくてね中止になったんだよ」


「いつも口にしておるお肉などは、そうやって手に入るモノじゃというのにのぉ…」


 狩りを禁止にしようだなどと喚かないだけまだマシなのだろうか。

 男子は狩りを趣味にしている者もいるだろうが、令嬢で狩りが趣味などいうのはよほどの物好きか貧乏貴族の家族ぐらいだろう。

 ワシらと共に遠乗りに来ているのは伯爵家以上の者たち、恐らくは加工した肉どころか調理済みのモノしか見たことが無いのかもしれない。

 そこでふとここいら辺りで狩りをする時の獲物はなんだろうと気になった、場所的に鹿などだろうか。


「ところで元々の狩りの時の獲物はなんじゃったのじゃ?」


「あーそれは……」


 元々あった狩りの事を知っているのなら、獲物だって知っているだろうとクリスに聞いたが何とも歯切れの悪い言葉だけが返ってきた。


「なんじゃ? ワシも斯様な足になる前は狩りもしたことがあるからの、今更残酷じゃからなどと文句はいわんのじゃ」


「え…と、元々の狩りの獲物は狐…だったんだ……」


「うむ、止めようむしろ禁止しよう、止めて正解じゃ!」


 見事な掌返しなどと言ってくれるな、ある意味での同族を狩るというのだ正気の沙汰じゃない。

 むしろやめて当たり前だ、というかワシが居るから中止したといっても良いのかもしれない。


「とはいえじゃ、害を与えておるのならば狩るも致し方なしじゃがのぉ」


「同じ狐なのに、それは良いのかい?」


「無論じゃ、ヒューマンじゃて盗賊やら害ある者を狩るじゃろう?」


「あぁ…そういう感覚なんだ……」


 何事にもケジメというのは必要だとクリスに力説し、これ以上はこんな風光明媚な場所でする話ではないなと話を区切る。

 その後、さわさわと風が草を撫でる音を背景にクリスと他愛の無い話で盛り上がり、いつの間にやらワシがぐっすりと眠りについているのだった…。

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