446手間
陽が高くとも肌寒さを覚える様になった頃、ようやく楽しみにしていた遠乗りの日と相成った。
集まったのは最高学部の裏手、ここが乗馬用の広場らしいのだが広場というには少々広い。
屋敷のある区画よりは狭いらしいのだが、屋敷をはじめ木などの障害物など一切ないのでこっちの方が広く思える、ちょっとした草原と言った感じだ。
その草原の一角、流石に沢山のの学生がいるだけあって相応しい規模の厩舎から、馬番が七頭の馬を連れてきだしてきた。
「おぉ、みな立派な馬じゃのぉ」
「私たちが乗る馬はあれだよ」
そういってクリスはさり気なくワシの肩に手を回し、頬が触れるのではないかと思うほど顔を近づけて一頭の馬を指さした。
突然のことにドキリとしつつも指差す先を見れば、そこに居たのは大理石の彫像がそのまま動き出したかのような見事な白馬。
周りの馬も立派なのだが、その白馬ははち切れんばかりの筋肉も優雅な足取りも他の馬たちよりも一線を画す美しさだ。
「おぉ、馬の中の貴族か王様みたいなやつじゃのぉ……」
「えぇ正しく。その分気位も高くて乗りこなすのもだけれど、まず慣れるのに苦労したよ」
その時の苦労を思い出したのか、クリスはまだ出発前だというのに疲れきった顔をしている。
そうこうしている間にもずんずんと馬たちは近づいてきて、遂にワシらの目の前までやってくる。
ワシが車いすに座っているせいもあるが見上げる程の体躯の白馬は、可愛らしいくりくりとした黒い目でじっとワシを見つめている。
暫く白馬は耳もそろえてワシに向け観察していたようだが、ようやく満足したのか長い首を下しその頭で傍にいたクリスをぐっと押しのけると、ワシの頬に自身の頬を軽くこすりつけてきた。
「おぉ、なんじゃかわゆい奴じゃのぉ」
甘えたように頬を優しく擦り付けてくるので、白馬の頭を下から抱える様に手を回しその頭を撫でてやる。
「なんで…」
「ワシは昔から動物に好かれる性質でのぉ。うむうむ、今日はよろしく頼むのじゃよ」
漸く慣れてくれたと思っていた白馬に押しのけられたクリスが悲しそうにしているので、ぽんぽんと軽く白馬の頭を叩いてから頬を離しクリスに言い訳…ではないが釈明し白馬の頭を撫でる。
昔からこうではあるが好かれると言い切るには異常なほどだ、もしかしたら動物たちはワシの中にこの世界の神である女神さまの何かを感じ取っているのかもしれない。
詮無きことを考えている内にクリスや他の者たちもひょいと馬の背に乗り出発する準備が完了している。
白馬の背に乗るクリスはそれだけで一枚の絵画のよう、白馬に乗った王子様という言葉がここまでピッタリと当てはまる人も早々いないだろう。
「さてどうしたものかのぉ…」
白馬の体躯は他の馬より大きい、つまり背もそれだけ高いという事。ワシの腕力であれば鞍や鐙を伝って登れば乗れないことは無い。
しかしワシの今日の格好は落ち着いたベージュの乗馬ズボンに革のブーツ、白いフリルたっぷりのブラウスという乗馬に適した動きやすい恰好だが出来ればはしたない真似は控えたい。
「ふーむ、すまぬがちとしゃがんでくれるかの?」
ワシが手振りも併せて白馬に頼めばゆっくりとその足を折り、ワシが乗りやすいようその背を少し傾けてワシへと向けてくれる。
白馬の背にあるのは二人乗り用の鞍が前後に二つ連結したもの、さらに後ろの鞍は両手をお祈りするように合わせ、その指先を逸らしたような不思議な形の突起が付いた婦人のため横乗り用の鞍。
その突起に手を伸ばしかけ、ふと思い出してアニスへと振り返る。
「乗らせてもらえるかの?」
「かしこまりました」
ここまでしてもらったのだ、最後まではしたない真似は控えておこうとアニスに抱えられ横乗り用の鞍へと座らせてもらう。
本来であれば鞍の突起を両足で挟んで体を固定するのだが、ワシは足に力が上手く入らないのでそうすることは出来ない。
鐙に足を通したところで踏ん張れないので同じ事だろう、なので前の鞍に座っているクリスの腰に手を回しぎゅっと抱き着く。
「これで大丈夫じゃろう、クリスや頼むのじゃよ」
「も、もちろんさ。この日の為に練習してきたんだ任せて」
他に掴まる場所も無いためこうする他ないのだが、これはこれでなかなか恥ずかしい。
意識してしまうとますます恥ずかしくなり、さらにぎゅっと腰に回す腕の力を強め、周りから隠すように顔をクリスの背中に埋めるのだった…。




