441手間
養父様のというか医者の許しが出たので、翌日から学院へと復学する事になった。
教室では入った途端囲まれて、様々な人から労りの言葉を掛けられた。
「お風邪を召したとクリストファー様よりお聞きしましたが、もうお加減はよろしいのですか?」
「私も昔一度だけ罹ったことがございますが、あれは辛いものですよね」
「その点に関しましては平民は風邪にならないと聞きますし羨ましいものですわ」
「えぇえぇ、ですがお辛い程に体内のマナの量が優れてるとも聞きますしセルカ様はかなりのモノをお持ちのようですわね」
やはりというか養父様が言っていた通り、殆どの人は小さい頃に罹ったことがあるようだった。
多いとはいえ遅くかかる人も皆無という訳でもないらしく、不審に思う者は居なかった。
そして免疫の代わりという訳だろうか、一度掛かれば体がマナの乱れを治す方法を覚えるらしく、再び罹っても症状が軽かったりすぐに治ったりするらしい。
「ところでセルカ様はご存知? 来月、雪が降り始める前に馬での遠乗りがあるそうですわよ」
「ふーむ。それは楽しみじゃが、ワシのこの足ではのぉ…」
誰かに乗せてもらえればいけるかもしれないが、鐙を踏めなければ並足くらいでしか駆けれないし何より危険だろう。
「その点に関しましてはご安心を、お相手がいるのでしたのならばその殿方に一緒に乗せて頂ければ良いのですから」
「ほほう、なるほどそれはそれで良さそうじゃのぉ」
「はい、とても胸がときめきますわね」
高位貴族は大抵この時期までにはお相手が決まっている、お相手が居なくてもこれを機にという。
確かに女性としては馬への二人乗りは中々心躍るシチュエーション、何となくみな浮かれ気分なのも致し方ないだろう。
常であればもう少し話していくが、病み上がりのワシを慮ってか、それとも今の話をしてお相手が恋しくなったのか思い思いに一言挨拶を残し散っていく。
「ワシは馬への相乗りなど初めてなのじゃが、大丈夫かの?」
「えぇ、それはもちろん。気分が悪くなった人の為に馬車も用意されるらしいし、護衛の騎士たちも一緒だからね」
「そういう訳では無いのじゃが、一緒に乗るとなると乗り方も一人の時とは違うじゃろうし」
「二人乗りの鞍があるらしいし大丈夫じゃないかな? もちろんセルカを抱えるように前に乗せてあげるとも」
「いや、ワシを前に乗せたら尻尾で前が見えんくなるじゃろ」
「あっ……」
普段車いすを押す際はワシは座っているので、せいぜい視界に多少被る程度。
しかし乗馬となるとそういう訳にもいかない、ワシ自慢の尻尾でしっかり視界が塞がれること請け合いである。
それに気付いたのかクリスも若干困り顔、よく物語で女性を馬の後ろに乗せてという描写があるが、実は馬は後ろの方が乗り心地が悪い。
クリスもそれを知っての事だったのだろうが、流石に視界を塞がれての乗馬は不可能だろう。
「ま、今はこんなじゃが前は普通に乗馬も出来ておったからの気にすることはないのじゃ」
「そうか…女性を抱えて乗馬というのは、少し憧れていたんだけどな……」
「それはすまんかったのぉ」
「いや、すまない。セルカに謝らせるようなことではなかったね、後ろに乗せたとて気持ちよく乗ってもらえるよう精進しよう」
「ん? いつの間にそんなことをしておるのじゃ?」
「あぁ、希望者には授業が終わった後に乗馬の技術などを教えてくれるんだよ」
なるほど、部活みたいなものだろうか。きっとワシが風邪でダウンしてる間にでも行っていたのだろう。
それにしても今までのクリスを考えれば終わったらすぐに帰ってきそうなものだが、養父様にでも釘を刺されたのだろうか。
いや、今はそれよりもその部活に興味がある。
「ところでそういうので、ワシにも出来そうなものはあるかの?」
「セルカにも出来そうなものか…」
乗馬はもちろんこの足だからパス、乗馬どころか足を使うものは全てだが…。
なので必然と室内で座ってというモノになるが…。
「すまない、流石に女性がやりそうなものは知らないな…。後で先生にでも聞いてみたらどうだろう?」
「ふむ、それもそうじゃな」
確かに何でもかんでも知っている訳がない。
ちょうどその時に先生がやってきて授業の開始を告げるので、ワシとクリスは話を中断しそれぞれの机へとつく。
当然、クリスのやって居る乗馬など部活という名称では無いのだろうが、まさに学校生活という感じがして常になくそわそわと、心持ち尻尾も揺れる様な感覚でその日の授業を落ち着きなく受けるのだった…。




