440手間
養父様が、ベッドに横になるワシをじっと真剣な表情で見ている。
不意にその顔を緩めたかと思うと、ワシの頭をぽんぽんと優しく叩く。
「もう大丈夫だろう、後遺症も無さそうだし明日から学院へ行っても大丈夫だよ」
「おぉ、完治という訳かの?」
「そうだね、マナも随分と見やすくなったしこれなら今後風邪をひくことは無いだろうね」
「それはありがたいのじゃが、それよりもマナが見やすくなったとはどういうことじゃ?」
養父様は、前までワシの診察をする時に着けていた板海苔の様なサングラスを今はしていない。
たしか養父様はマナを光として視認してるはずと、そこではたとある可能性に気付き顔を青くする。
ワシが思い至った事に気付いたのか、養父様は「大丈夫だよ」といってワシの頭を撫でてくれた。
「別にマナの量が減っているという訳じゃないよ、私は別に内面のマナまで見れる訳では無い。体の表面の平易に言ってしまえば、汗の様に漏れ出てくるマナだけを見ているのだよ」
「つまりは汗をかかなくなったから、マナの光が見えなくなったという訳かの? しかしそれでは診断が出来んのではないかえ?」
確かにワシもそのモノの表面だったり漂っているマナを見ているだけで中のマナまで見えている訳では無い、物が動けば周りの空気が動く様に中のマナに連れられて動くマナを見て中の流れを判断しているに過ぎない。
「中と外のマナの状態は必ずしも同じという訳では無いだろうが、どうしても体の内側の状態は外のマナにも影響してくるからね。それを今までの経験から判断しているのさ」
「おぉ、なるほどのぉ」
経験から来る判断とはなかなか格好いい、ワシも一度くらい言ってみたいものだ。
「と言ってもまだまだ眩しいことには変わりないけどね、陽のように眩しかったマナが双子星のように眩しくとも優しいモノに変わった…といってもセルカは双子星を見たことないだろうし分からないかな」
「いや、何度もあるのじゃ」
「え? あれは五十の巡りに一度だけ見れる星だから何かと勘違いしてないかい?」
ワシの言ったことに一瞬目を丸くした養父様だったが、すぐに苦笑いにちかい優しい笑みで口角をあげる。
別に騙そうとしている訳では無いのだが、何となく罪悪感を感じてたのでさっさと楽になりたい。
いい機会なので誤解を解いておこうと話を続ける。
「養父様こそワシの歳を幾つと勘違いしておるのじゃ?」
「獣人の女性は長いこと姿が変わらないから…二十…いや三十? しかし前は五十近いのだし…」
「ふむ、どれも大外れじゃな。まぁワシもきっちり数えとる訳では無いから正確なモノは知らぬが六百は超えとるのぉ」
「……ろっぴゃく?」
「うむ、ワシは長寿じゃからの」
ワシの言葉に養父様は、ピタリと驚愕の表情を顔に張り付ける。
「六百は長寿というには長すぎる様な…ん? という事は猊下の様に神宝が体のどこかに!!」
「お? おぉ、ど…どうしたのじゃ?」
「猊下はこの巡りで二百を超えるのですよ。そして、代々神王と為られる御方は体のどこかに神宝と呼ばれる神に為れる証である宝珠が現れる。問題はセルカにそれがあるのかという…歴代の神王で最もご長寿だった御方は三百を超えていたと聞きますし」
「どう考えても厄介そうな響きじゃが…あるのじゃ右肩にの。しかし養父様は見ておらんとしても、アニスやら侍女たちは着替えの際に見ておる筈じゃが、特に騒いではおらんのはどういうことじゃ?」
「それは……神を騙る者が出ないように担ぐ者が出ないように、公爵家や建国の頃から在る侯爵家の当主のみが知っているからだよ…」
「では、黙っておけば問題ないの。ワシも面倒ごとは嫌いじゃからのぉ」
「あぁ…いや、しかし。そう…そうだね、一応公爵閣下には伝えておくが、まだ猊下と王弟殿下にはお伝えしないよう言い含めておこう……」
養父様の反応を見る限り、宝珠というのはかなりどう考えても重要なモノらしくフラフラとどっと疲れたかの様に部屋を出て行ってしまった。
「あっ…カルンにも宝珠があるの言っておらんかったのぉ。ま、ワシのだけでいっぱいいっぱいの様じゃったしまた後日でええかの」
養父様が出ていったことにより尻尾から出てきたスズリを撫で呑気に背伸びをしてから、ゴロゴロとベッドの上をスズリと共に転がるのだった…。




