438手間
安静というのは実に暇なものである、特に元気がある程度もどってからの安静というのは…。
心配性なアニス含め使用人や侍女一同のせいで、車いすに乗って屋敷の中をうろうろすることも出来ない。
本は紙に加工できる植物が少ないせいであまり出回っておらず、あってもその殆どが実用書だったり歴史書だったり。
刺繍も丸一日やり続ければ飽きる…この国では音楽が系統立てて存在しているらしいが当然録音装置などあるわけがない。
聞くとしたら演奏家を呼ぶ必要があるのだが、流石に暇だから呼んでなどと、どこぞの悪役の様な我が儘を言う訳にもいかない。
因みに王国でその様な人がいなかったのは、音楽は酒場で酔っ払いがジョッキを打ち付けて掻き鳴らす、要は酒宴での宴会芸扱いであまり行儀が宜しくないものとして街によっては罰則付きで禁止されてたりしたから。
皇国でも見なかったのは、獣人は耳がいいので煩いのは苦手という至極当然の理由なのでワシも音楽は聴いてみたいのだが、それ聴こえてるの? ってくらい距離を開けてお願いしたい。
「暇じゃのぉ…」
「ならば貴族のことを学んでみるかい?」
「貴族のこと?」
「あぁ、この先必要になるかもしれないからね」
ぽつりと漏らした言葉を今日もまた、薬を持ってきていた養父様に拾われてそんなことを言われた。
「といってもそんなに煩雑なことじゃない、大きい種類みたいなものさ」
「ふむ、ぜひともお願いしたいのじゃ」
何にせよ人の話を聞くというのは良い暇つぶしになる、それに途中眠くなったとしてもそのまま寝ればいいし、それも薬のせいだと言い訳できるし。
「それじゃあ、まず貴族というのは大別して二種類ある」
「高位と低位かの?」
この国では公爵、侯爵、伯爵の三つを高位貴族、男爵、子爵、そして平民出の一代限りの名誉騎士爵を低位貴族と区分する。
といっても名誉騎士爵はその名の通り名誉職なので貴族としての特権等を持たず学院へ入学する資格もないらしいので厳密には貴族では無いのだが。
「いや、まず高位低位を一緒くたにした上での二種類だ。簡単に言えば古い貴族と新しい貴族」
「ふむ? 確かにそれは高位低位関係ないじゃろうが…どうやって分けるのじゃ?」
「それは領地を持っているか否か、新しい古いというよりも領地があるかないかで分けた方がいいと思うのだが、そこは見栄というものだ」
「ふむふむ」
確かに「領地を持っている」っていうよりも「古くからある」という方がなんか偉そうだ。
「これは公爵から子爵まですべての爵位でいえる事だ。ただ男爵や子爵は独自の領地は持ってなくて、侯爵領などの中にある領地の一角を任されている感じだね」
「なるほどのぉ…」
要するに領地を都道府県とすれば、男爵領や子爵領などは市町村といったところか。
「ただし、公爵領だけは侯爵と伯爵のみがその役目を負っているけどね。そして新しい…貴族の大半を占める、領地を持たない貴族たちは領地持ちの補佐をしたり商売に手を出したりしている。中には商売がうまくいって領地持ちの貴族より財力がある者も居たりするけどね」
「ほほう…そこらへんは複雑そうじゃのぉ」
「といっても財力だけで上がれるのは伯爵までだ、侯爵は土地を任されている公爵家の補佐をしている家以外はね」
「ふーむ、クリスの実家のぉ…一度行ってみたいものじゃ。どんなところなのじゃろうのぉ」
「公爵領の中心は神都ヴェルギリウスだよ、神王猊下の居城もそこにあるから学院を卒業したらクリスと一緒に行ってみるといいんじゃないかな」
「む? そこは王直轄地とかではないのかえ?」
王の居城があるなら、その領地は王直轄のような気がするのだが。実際王国は王都周辺などは王直轄地となっている。
「神王猊下の土地はこの国全てだからだよセルカ、我々はその土地をお借りしているのだよ」
「ほほう、なるほどのぉ」
先ほどの都道府県の例えに合わせるならば神王の持つ土地はそのものずばり国、そして公爵たちが治める都道府県に男爵たちが治める市町村…と。
それにしても神都などと言われるとものすごく荘厳なイメージの街な気がするのだが…どんなところなのだろうか。
「ところで神都とはどのようなところなのじゃ?」
「神都は…いや、それは行ってからのお楽しみということにしておこうか」
「む! 確かにそれもそうじゃのぉ…」
養父様がどんなところかと説明しようとして、はたとまるで悪戯でも思いついたかのような顔になり「行ってからのお楽しみ」だとウィンクする。
どちらにせよそれ以上聞こうにも、養父様は「仕事があるから」と、そそくさと城へと戻って行ってしまった。
「クリスと一緒に観光のぉ…うむ、楽しみじゃなぁ」
その時までには自分の足でまた歩けるようになっておきたいなと思うのだが、何時もクリスに車いすを押してもらっているからか。
どう想像しても車いすをクリスに押されながら観光している姿しか思い浮かばず思わず苦笑いをするのだった…。




