44手間
翌朝、目を覚ますと目の前にはぐで~っとだらしなく伸びきったスズリが目に入る。
普段は尻尾に潜り込んだり、丸まって寝ているのだが、砂漠に近づいて気温が急上昇しはじめてからはずっとこんな感じだ。
ワシはポンチョのおかげで暑さも寒さも平気なのだが、試しに一度ポンチョを収納してみたところ相当な暑さだった。
砂漠や乾燥地帯だから、前世の夏のような纏わりつくようなじめっとした暑さでは無いため、ワシとしては正直そこまで堪えるほどでは無いのだが、年中気候が一定で大きな寒暖の差に慣れてない人達には相当つらいのだろう。
体を起こし伸びをした後、少し湿らしたタオルで軽く全身を拭き着替えてから外へと這い出る。スズリも起きたのか這い出たあたりで追いついてきて頭へと登る。
「んむ、スズリおはよう」
「キュ~」と返事をして頭の上でまた、だらっとし始める。
辺りは漸く日が顔を覗かせた位だが、すでに出発したのか昨日着いたときにあったテントの幾つかが、すでに無くなっていた。
朝食は各自で取る手筈になっているので、軽くお腹に収めアレックスらを起こして回る。
「あー、やっぱ見張りがねーと楽だなー」
まず伸びをしながらジョーンズが出てくる、その後ろからインディがのっそりと出てきた。
「あぁ、おはようさん。それじゃ準備ができたら早速向かうか」
アレックスがそう言って出てくるが上半身裸なので、何となく目をそらしてしまう。
「おはようなのじゃ…が、アレックスや、日が照ってきたらそれは体に毒じゃぞ」
「おっと、すまんすまん。この格好が楽でついな」
そう言ってテントに戻るのと入れ違いに、カルンがまだ眠たそうに眼をこすりながらテントから出てくる。こっちはしっかりと服を着ていたので何となしにほっとしてしまう。
「おはよう…ございます」
「んむ、おはよう。とりあえず顔でも拭いて目を覚ましたらどうじゃ?」
「ふぁい」と気の抜けた返事をした後、ふらふらと歩いて焚火跡の傍にへたり込む。さすがに顔を拭いたりするのをまじまじと見るものではないかと、スズリを頭から引き摺り下しお腹をなでたりして暇を潰す。
全員が朝食をとり終えたのちテントや焚火跡の始末をして、ついにダンジョンへと出発する。
管理小屋の入り口であの切符切りのような魔具で登録する際、ワシが金のカードだった事に衛兵が驚いた顔をしたのは見てて面白かった。
「今度はあっちのほうの砂丘を登る。その先にダンジョンの入り口があるはずだ」
そういってアレックスが山のほうにある砂丘を指さす。
アレックスを先頭に、今度は手を引くこともなく砂丘を登り切ると、何とも言えない光景が広がっていた。
砂の色を少し濃くした岩山の麓に広がる溶岩の池、そこには岩肌からドロドロと今も溶岩が流れ込み続けている。その周囲は溶岩が固まってできたのか、ぐるりと囲むように黒い地面となっていた。
そして溶岩池の岩山側中央には、元々なのか焼けて黒く変色したのかは判別が付かないが黒々とした石材で組まれた入り口が顔をのぞかせ、そこからこちら側に向かって冷え固まった溶岩流のような道が伸びていた。
ゲームであれば、このダンジョンの先にはイフリートとかサラマンダーなどの如何にも火に関係したモンスターやボスが待ち構えていそうな雰囲気だ。
「これは何とも…火というより、溶岩のダンジョンに改名したほうが良いんじゃないのかえ?」
「確かに、火の川や池の水はしばらくしたら岩になるが…溶けた岩か…なるほどなぁ」
地獄の釜というのがふさわしい光景にそう呟いたが、アレックスは溶岩という概念を知らなかったようだ。
確かにこの世界、見て回った限りでは火山は存在していなかった。もしかしたら僻地などにあるかもしれないが…。
それを考えれば、溶岩といった概念も学者などの一部の人は知っているかもしれないが、一般の人は知る由もないのは仕方ないことか…と、そこでふとある考えに行き当たる。
「ということは…温泉なども存在せんということかの!」
「温泉?なんじゃそりゃ?」
突然頭を抱えたワシを見て訝しげにジョーンズが聞いてくる。
「ううむ、簡単に言えばお湯が湧く泉じゃの。それを利用して風呂に入るのじゃ」
「湯が湧く泉なぁ…聞いたことないな。セルカの里にはあったのか?」
「そうじゃの、ワシの故郷にはあったの」
故郷と言っても前世の、だが………温泉に関しては一応、非火山性温泉と言うものもあるにはあるが、魔法や魔具などの便利なものがあるとはいえ数キロ単位の掘削が必要になるはずなので、この世界では不可能だろう…。
「はぁ…温泉、もう一度入りたかったのぉ…」
「ま、まぁ、ホームシックになってる場合じゃないぞ?ここに突っ立ってても仕方ないし、さっさと移動しよう」
がっくりと肩を落としてる様にアレックスが捲し立て、なんとも言えない雰囲気の中で再び歩き出す。
「そうではないんじゃがのぉ…」
とは言え温泉を知らない人からすれば、故郷にはあったという話から故郷を恋しがってると思われても仕方ないだろう。
兎も角、この先は油断していても大丈夫という場所でもないと思い直し、背筋をピンと伸ばす。
「ようが…火の池の中から何ぞ飛び出してくるという事はないのかえ?」
先頭のアレックスに追いつき、ゲームでは定番の溶岩の中から奇襲などあるか聞いてみる。
「さぁ?ダンジョンの中の火の川なんかから魔物が出てくることはあったが外で襲われたって事はないなぁ」
「中ではあるのか…うーむ、そうなると飛び出してくるときの水しぶきなど気を付けねばのぉ」
「あぁ、それなら大丈夫だ。そんな勢いよく飛び出しては来ず、大抵はのっそりと出てくるだけだからな。しかも、火の水から出てきたやつは段々動きが鈍くなるんだ。出てきた直後は熱くて危険だが、一度冷めちまえば只の置物だ、捨て置くもよし倒すもよしだ」
「なんとも間抜けな奴らじゃのぉ………ふむ、しかし溶岩がそんな急激に冷え固まるわけも無し、やはり普通の溶岩とは違うのかの」
後半は誰にも聞こえないほどの小声でひとりごちる。
そうこうしているうちに溶岩の池…火の池の近くへと来ると熱風が顔に吹き付けてくる。
「おぉお、これは凄まじいの。さっさとダンジョンに入るのがよさそうじゃな」
その呟きが聞こえたのかは知らないが、誰となしに皆早足になり、黒々とした道を渡りダンジョンの中へと入る。
ダンジョンに入れば体に感じる熱風も収まった。さすがの女神さまのポンチョとは言え、溶岩からの熱風までは抑えきることは不可能だったようだ。
「みな大丈夫かの?火傷などはしとらんかえ?」
ポンチョで大部分を無効化した上ですら熱風を感じたのだから、それが無い皆はと思いつつ見れば、滝のような汗を流していた。
「あの中を通ってよくそんな涼しい顔ができるな…くっそ熱いだけで火傷なんかはしてないから大丈夫だ」
ポンチョでかなりズルしている身としては何とも言えず、苦笑いで返す。
「ともかく、あそこの転送装置にまずは登録だ」
アレックスが指す方向を見れば、何名かの衛兵が立って警備してる先に、まるでギリシャ神殿のような柱が四隅に立ち、一段ほど高くなった台座の上に五、六人並んでも大丈夫な大きさの魔法陣があった。
その魔法陣の手前には、いつぞやの施設の扉などと同じ黒曜石で出来たかのような黒い四角柱の上が斜めに切り取られた、空飛ぶ石を翳せば光りだしそうなものが鎮座していた。
「あの黒い石の斜めの部分に手を置くんだ。そうすると、上の階層にある同じものにも手を置けば、その人はその階層間を飛ぶことができるようになる」
「ふむ、なるほど。認証式というわけかの」
既ににアレックスとインディは以前来た時に認証済みなので、ワシとジョーンズとカルンが認証をすることになる。
「む、やはりこれにも書いてあるの」
黒い石の斜めになったところ、手を置くべき場所には女神文字で≪ここに手を触れてください、光ったら認証成功です。≫と一言書かれていた。
「なんとも相変わらず夢もへったくれも無いのぉ…。」
女神文字にロマンを追い求めてる人達が知ったら、膝から崩れ落ちそうなその一文に苦笑いしつつ認証を行う。
「そういえばアレックスとインディは何階層まで行けたのかえ?」
ワシが女神文字を読めることを知っている人たちに内容を聞かれる前に話題を提供し、話を逸らすことにする。
「あー俺は五階層、つまり次の転送装置までだな。その時はまだ三等級になったばっかりで、その程度が限界だったよ」
インディを見れば手で五と示しつつアレックスと同じ理由だとばかりに頷いていた。
「ふむ…となると、今回はワシとカルン次第ということかのぉ…」
「セルカは言わずもがな、カルンも実力としちゃ三等級でも上の方になるし、結構上まで行けるんじゃないか?」
「そうなのかえ?ふむ、なれば今回は踏破を目指すのじゃ!」
「結構厳しいはずなんだが、セルカと一緒なら出来そうな気がしないでもないな」
洞窟での事を知っているアレックスを含む三人はその言葉に頷き、ただ一人知らないカルンだけが首をかしげるのだった。
温泉の事を話に盛り込む際に調べたのですが非火山性温泉って種類があるんですね。
温泉=火山と思い込んでたので、調べてよかった。




