437手間
風邪をひいてから数日ほど臥せっており熱や倦怠感、節々の痛みなど風邪の諸症状に悩まされていたが今朝は頗る壮快。
これはもう風邪は全快したと言って良いだろう、非常に苦い薬を飲み続けた甲斐があるというものだ。
むしろ風邪に罹る前よりも気分が良いとさえ思う。今にもベッドから飛び出しそうなほどに。
「まぁ、足が動かんから無理なわけじゃが」
「おやセルカ。今日はもう起きていたのか」
「うむ、どうやら風邪も治ったようじゃしのぉ」
ノックして養父様が、薬をもって部屋に入ってきた。
いつもは荷物などを使用人や侍女に持たせている養父様だが、薬だけは出来る限り自分で持ち運び患者に与えたいという。
確かに貴族に薬というとあまり良いイメージが無いので、ある意味当然のことかもしれない。
「ふむ、とりあえず診るから横になって」
ワシは言われた通りに横になり、診察が終わるまで額などを触られながらじっと待つ。
「確かに症状は改善してるが、まだぶり返すかもしれないからね。もう二、三日薬を飲みつつ様子を見てからだね」
「むぅ、そうかえ…」
確かにその通りかと差し出された苦い薬を、顔をしかめつつ飲み干す。
「薬は変えたのかの?」
「いや、同じものだが?」
「あんまり眠くならんのじゃ」
「そうか…」
風邪の症状が酷かった時は、睡眠薬でも入っているのではないかと思うほど、薬を飲んですぐに眠気が襲ってきていた。
だが今回は、確かに多少ぼんやりするものの眠気というにはほど遠い。
「そもそも、あの薬に眠気を催すような物は入っていないんだけどね…」
「そうなのかえ?」
「あぁ、ただ単にマナの乱れを正すよう体に促すだけの薬だ、むしろ体のマナを活性化させるから目が冴えると思うのだが」
なるほど、それで薬は朝に出ていたのか。目が冴えるような薬であれば、夕方など寝る前に飲むのは良くないだろうし。
「症状が重いときほど目が冴えるのは知っていたが、全く真逆の副作用とは…封印の影響だろうか……」
「そういえば養父様、カルンは見舞いに来ておったかの? クリスは覚えておるのじゃが」
臥せってる間はほとんど寝ていたし、日がな一日ぼうっとしていたので気付かなかったがカルンならワシが臥せっていると知ればいの一番に来そうな気がしていたのだが。
もしかしたら寝ている間に来ていたのかと聞いてみれば、「来ていない」と首を横に振る。
「先方から見舞いに来たいという打診は受けていたのだけれど。わざわざ王太子殿下、御自ら見舞いに来るというのは良くも悪くも色々問題が、特にセルカはクリスとかなり親しくしているのにその上で王太子殿下とも…と思われかねないからね」
「ふぅむ、確かに学院で親しくする分には学友といえるが、わざわざ屋敷まで来るとなるとなるとのぉ」
カルンを狙っている令嬢は沢山いるだろうし、彼女からしたら面白くない状況に見えるだろう。
クリスという婚約者がいるのにカルンにまで手を出すのかと…、何という悪女だろうか。
「早くよくなるようにとの見舞いの言葉だけで、品も無いが薄情とは思わないようにね」
「来れないのは事情があるのは分かるが、見舞いの品が無いのと薄情に何の関係があるのじゃ?」
見舞い品が無いから薄情、と言うならわかるがその逆で無いけど薄情とは思わないようにとは? こちらも何か事情があるのだろうか。
「基本的に親類の訃報や本人の病気、長期の休み以外は学生は学院から外に出ることは許されていないのだよ。だから見舞いの品を手に入れることが出来ない」
「おぉ、なるほどのぉ。じゃが…ワシは新作などといって色々と物を貰っておるのじゃが、外に出ることは出来んのじゃろう?」
「あれはその学生の実家から送られてくるんだよ、贈答用にね。王太子殿下は国外から来ているから、そういう品はまず送られてこないんじゃないかな?」
「ふむ、確かにそれもそうじゃな」
王国から物が何も送られてこないということは無いだろうが、見舞いの品に相応しいものなどは流石に送られてこないのだろう。
その後、養父様にくれぐれも安静にしてるようにと言い含められ、城に戻るのを見送った後やはりまだ完璧には治っていなかったのだろう、薬の影響で眠くなってきたので横になりその日は安静になど言われるまでもなく、一日ベッドの上で眠りこけるのだった…。




