436手間
養父様から貰った薬を飲んだ翌日は、まだ治って無いものの随分と頭がすっきりとした。
ただの風邪という話だが、頭がすっきりしたおかげでそのただの風邪で「死ぬのか」なんて聞いたことをはっきりと思い出し恥ずかしさで顔に赤みが増す。
幸い赤みが増したのも世迷いごとをいったのも風邪のせいだと思われており、穴を掘る様な事態にはなっていない。
そんなことを夢うつつで考えていると、額にべちゃりと何かが感覚がする。アニスや侍女が濡れタオルを頻繁に取り換えて額を冷やしてくれるのでそれかと思ったのだが、今回は随分と水分が多い気がする。
少しでも傾ければ水が垂れてきそうなタオルを落さないよう恐る恐る目を開ければ、そこには心配そうな顔のクリスの姿。
「あぁ、セルカ起こしちゃった? ごめんね、気分はどう? 大丈夫?」
「優れてるとはとは言えぬが、そう悪くも無いの…それよりもこれはクリスがしてくれたのかえ?」
「そうだ、こういう事をするのは初めてで加減が分からなかったんだが、どうかな?」
なるほど…貴族の子弟が雑巾しぼりみたいなことを普段からやる訳がない、やり方だけ教えてもらったのかそれとも水が多い方が気持ちいいだろうという気遣いか。
どちらにせよクリスがワシの為を想ってやってくれたのだ、嬉しくないわけがない。とはいえ、このままでは水が垂れてきて枕やベッドが残念なことになるのは確実。
「もうちと絞ってもらった方が良いかのぉ、このままでは枕が濡れそうじゃ」
「そ、そうか」
「しかし、クリスにやってもらえてうれしいのじゃ。ありがとうのぉ」
「そうか!」
ワシがそう言うとしょぼんと擬音でも付きそうなほど落ち込んだので、やってくれたことが嬉しいのは事実なので素直に礼を述べれば、今度はパッと花咲く様にこっちまで嬉しくなるほど喜んでくれた。
それにしても貴族というのはこうも単純でいいのだろうかと心配になる、だからと言ってひねくれた方が好きかと言えばそれは無く、素直な方が好きだから良いのだが。
「じゃが、こういう事を貴族はせんイメージがあったんじゃがのぉ」
「普通はそうだろうね、私もこんな機会でも無ければ一生することは無かったと思うよ」
「ふふ、ということはクリスの一生に一度を貰ったという訳かの」
「ふふ、そうなるかな。でもこんな心配になる様なことは一生無いといいけれどね」
「そうじゃな…ワシもこの様なことは二度とごめんじゃが…」
「じゃが?」
「クリスに看病して貰えるなら悪い気はせんの」
以前体調が悪かったときはそんなことを気にする余裕がなかったが、ひどい症状でもない限り看病されるというのもたまには悪くない。
そう思い、ワシの額の上のタオルを今度はしっかりと絞りおいてくれたクリスに微笑みかける。
そんな風にほっこりしていると、ノックの音がして部屋に養父様がはいってきた。
「セルカ、薬を持ってきた。体調はどうだい?」
「少し熱っぽいが、悪くはないのじゃ」
「そうか…本当なら薬だけでなく、法術を使ってあげたいのだが、今のセルカにはどう悪影響が出るか分からないからね」
「どういうことじゃ?」
ワシの知っている法術はせいぜい栄養ドリンクの様な影響を与えるくらいしかない、もっと分かりやすく言えば枯れた土に少しだけ水を与える様なものさして悪影響が出る様なことは無い気がするのだが。
「初めて風邪に罹ったのなら知らないのも仕方がないか、風邪というのは病名ではなく様々な原因で体内のマナが乱れてその影響で体調を崩すことを指す。だからマナの少ない平民は風邪に罹らないというよりも罹ったとしても影響が殆ど出ないんだ、逆にマナの多い貴族は重篤な症状になることもある、幸いセルカはマナが封印され強制的に少なく…といっても並みの貴族よりもよっぽど多いが。ま…薬はその流れを元に戻す手助けと思ってくれていい、法術はさらにその効果を倍増させるものだが…セルカの場合は無理に外からマナの流れを弄って封印に何か悪影響があってはいけないからね」
「なるほどのぉ」
「では、セルカは長いことこのままだと…?」
「いえ、クリストファー様。セルカのことですからすぐに良くなるかと」
「そうか…それならば良いのだが」
ほっとした顔のクリスを横目に養父様のもってきた苦い、非常に苦い薬を飲み、すぐにやってきた眠気に抗わずすやすやと寝息をたてはじめるのだった…。




