434手間
学院では定期的に夜会や舞踏会が開催される。
その目的は人脈を広げたり、社交界での立ち回りの学習だったりするが、やはり最大の目的は結婚相手を探す事だろう。
もちろん既に許婚がいる人も多数いるが、大半は相手がおらず学院に滞在中に相手を見つける。そして、卒業と同時に結婚というのが貴族の常識だとか。
この学院に入れるという事は家柄は保障されたも同様、だからこそ件の男爵令嬢の家の様に首が回らなくなるほど無理をして入れられる者もいるわけだが。
とは言え恋愛結婚などという甘いものを彼らが求めている訳では無い、基本的に親からこの程度の家柄の者と誼を結びなさいと指示されている、中には更に事細かく指定されている場合まであるとか。
何でワシがそこまで知っているかと言えば、その指示を受けているご令嬢方に直接聞いたのだ、愚痴として…。
「全く、領地持ちの侯爵家以上となどと…無茶だと思いませんこと?」
「我が家も似たようなものですわ、ほんと何で殿方って分不相応な物を求めたがるのかしら、我が父ながら恥ずかしいですわ」
「私の父はその様なことは仰いませんでしたが、恋愛結婚をなさいなどと…。あんなもの読み物だけで十分、私のことを少々気にかけて頂いて家のことを考えれる方であればどなたでも良いのです」
キャイキャイと話してる割には内容は実にシビア、もっと夢を持ってもいいものをと思うのはワシが年寄りだからだろうか…。
まぁしかし、そんな彼女らは既にお相手を見つけている人たち、だからこそワシの周りで話している訳だが。
夜会などで貴族の子弟たちは大体三グループに分けられる、一つはワシらお相手がいる令嬢、もう一つはお相手がいる令息、そして最後はお相手が居ない人たち。
この三グループには中心となる人がおり、グループの中で人気だったり格が高い者が中心となって人脈づくりというおしゃべりに花を咲かせることになる。
令嬢グループの中心はこのワシ、令息グループはクリス、そして最後のグループはカルンが中心となっている。
カルンの場合中心となっているというよりも、狙われ集られていると言った方が正しいが。
なにせ隣国とはいえ王太子、しかも今は婚約者がいない見初められれば王太子妃、将来は王妃の座が約束される。そうなれば生家もこの国で重要視される。
ご令嬢からすれば正にカモがネギと鍋をしょって竈に料理人、薬味や何やらまで全部揃えられているようなモノだろう狙われない方がおかしいくらいだ。
「ところで、セルカ様は正式に婚約いたしませんの?」
「えぇ、養女のとはいえ家柄は十分。エヴェリウス侯爵家とヴェルギリウス公爵家でしたら、どなたからも物言いはつきませんでしょうに」
「あら、入学の時より仲睦まじいご様子でしたし私はてっきりもうご婚約されてるものと」
「それなのですが噂ではございますが、ヴェルギリウス公爵閣下は立場こそ中立というお話ですが実際は急進派側だとか。エヴェリウス侯爵閣下は穏健派と公表なされていますしその影響では…」
「そうでしたの、初耳ですわ。そういえば寄り親の派閥が違うせいで幼いころからの婚約がご破算になったと嘆いてる令嬢がおりましたね」
先ほどまで愚痴を言い合ってた口が急にこちらへと矛先を向け、「ふえっ」と声をあげる間にまた別の方向へと口が向く。
正直にそんな関係では無いといえれば良いのだが、何となくだがそれはそれで嫌なので話題が変わったことにほっと息を吐く。
そもそもワシとクリスが恋仲とそんな風に思われている一番の原因は、クリスがそれを決してそれを否定しないのと本人がお相手がいるグループに紛れ込んでいるからである。しかも、クリスの場合は自ら望んでそのグループを形成している節すらある。
夜会などの初めから三グループに分かれている訳もなく、婚約者などが居る子弟はお互い婚約者がいるのに異性に話しかけるのは、夜会の席ではあまりよろしくないと考えているのか夜会が進むごとに自然と三グループに分かれていく。
クリスもちゃんと将来の人脈づくりは重要と考えているのか、ワシから離れて他の子弟と話に行く。
おかげで近づきやすくなったワシに他の令嬢が群がり、そのうちポツポツとお相手が居ない令嬢が抜けていき、いつの間にかお相手がいる令嬢グループがワシ中心に出来上がる。
クリスの方にはワシとは逆に令息が、そして僅かながらにあわよくばを狙う令嬢が、一応令嬢は紳士として丁寧に扱うらしいのだが。
以前その輪に居た令嬢曰く、逆にその丁寧さが脈無しと感じるらしく令嬢は離れそして令息もお相手がいない者はいくつか話した後離れて行き、お相手がいる令息グループが出来るという。
「それにしても、本格的に戦が始まらず良かったですわね」
「えぇ、戦に出た方も多少怪我人は出た者の死者はいなかったようですし」
「兄が出兵していたので不安でしたが、無事帰ってきてほっとしております。兄の話では敵方に恐ろしく強い者が居たらしく誰も死者が出なかったのは奇跡だとかなんとか…」
「恐ろしく強い者ですか?」
「えぇ、私も兄に聞いたのですが、指揮をとられていらっしゃったエヴェリウス侯爵閣下より、その者のことは詳しくは例え身内でも話してはいけないと箝口令が布かれたらしく教えて頂けませんでしたわ」
「そうです! セルカ様何かご存知ではありません?」
「いやー。ワシもー知らんーのー」
「残念ですわ」
つついーっと目を逸らしながら白々しく言い逃れるが、彼女らもあわよくば程度で期待はしてなかったのか、それ以上追及はせず各々勝手に豚鬼よりでっかいのではなどと好き勝手に想像して楽しみ始めた。
ワシからすれば戦の話題など今更な気もするが、色々と発表されたのは比較的最近であるし情報伝達速度がそこまで早い訳では無いのだ、最新とまではいかずとも熱い話題であることには違いないのだろう。
「やはり政略結婚でも結婚式はしっかりと挙げたいですし、戦続きの中では良いものは出来そうにありませんものね」
「純白のドレスは憧れですものね、唯一純白を身に纏うことを許される日ですもの、何の憂いもなく行いたいですわ」
結婚に夢も希望も持ってないお嬢さん方だなぁ、などと思っていたがやっぱりそこは憧れるのかと一人勝手にほっこりとする。
「セルカ様は特に御髪もお肌も白いですし似合いそうですわね」
「あら、でもその場合は白い髪を表すヴェールはお召しになるのかしら?」
「くすみ一つない白ですもの、むしろヴェールなど要らないのでは」
この国ではそんな風習があるのかと感心しつつ、自分がそれを着てる姿を想像しじゃあその時に横に居るのはとまで考えてしまい思わず顔を赤くする。
幸いな事にワシに少しだけ水を向けただけで、彼女らは既にドレスのデザインはなどと盛り上がりはじめワシの様子にも気づいてないようだ。
しかし、クリスもカルンも、もしここで相手を見つけたならワシはまた独りかと思うと胸が締め付けられるようだ…。
泣きそうになりそうなワシの想いを知ってか知らずか、楽しそうにまたワシに話を振ってきた令嬢に密かに感謝しつつ夜会のお開きまで楽しく会話を弾ませるのだった…。




