428手間
天蓋に揺らめく灯りの影をぽぅっと眺めていると、コンコンと入室を告げる為だけのノックが聞こえると「失礼します」と女性の声が部屋に入ってきた。
やってきた女性は天蓋を支える細い柱の一つに近づくと、天蓋越しなのでシルエットだけだな何やら手を大きく上下させるような動きをする。
するとその動きに合わせて枕側以外の三方の幕が、中央から何かに引っ掛けられるかのように上がる。
天蓋が上がると少し年かさの女性の姿があらわになり、彼女はくるくるくると天蓋を上げるための紐を柱に括り付けると、ワシの傍までやってきて恭しく一礼する。
喋らないのはワシからの一言を待っているのだろうと、早速呼びつけた理由…いったいどれくらい寝込んでたのかを聞く。
「お嬢様は半日ほどおやすみになっておりました」
「ふむ、そうじゃったか…養父様はなんといっておったかの?」
「侯爵閣下は極度の疲労であろうから休めばよくなると」
「なるほどのぉ…」
「何か軽く食べるものをご用意しましょうか?」
「いや、もう一度寝るからのぉいらぬのじゃ」
「かしこまりました、それではおやすみなさいませ」
「うむ」
侍女は来た時と逆の動きで天蓋を下すと薄布の向こうでもう一度礼をしてから部屋を辞していった。
パタンと閉められた扉とそれに合わせて揺れる常夜灯の灯に釣られ「ふわぁ」とあくびが漏れる。
「安心したら眠くなったのぉ」
溢れ出る欠伸を手のひらで覆い隠し、ゴロゴロとベッドの中央に戻ると自分の尻尾を抱き枕にしてすやすやと寝息をたてはじめる。
明けて翌日、ほんの僅かに疲労感を覚えるものの、朝の気だるさと思えばいささかも気にならない。
ぐっとワシが伸びをすると同時、まるで起きるのをどこかで見守っていたのかと思うほどのタイミングでノックの音が響き渡る。
「おはようございますお嬢様、朝食はこちらでお召し上がりになりますか?」
「いや、体調も悪くないし食堂で食べるのじゃ」
「かしこまりました」
常夜灯が消され、天蓋の幕が上がると数人の侍女が見事に揃った礼をする、その内の一人が朝の挨拶と共に問いかけてきたのでいつも通り食堂で食べると言えばまた別の一人が伝えに行くのか礼をしてから部屋を辞していく。
残った侍女たちが何をするかと言えばワシの支度、足がまともに動かないのでありがたいが服のチョイスは全て侍女任せになるのが少々何だが、自分で服を選びに行けないのだから仕方ない。
とはいえそこは公爵家に仕える侍女、ワシがあまり華美なものを好まず髪に手を入れるのを嫌っているのを心得たもの、その上でいまの流行などをしっかり取り込むのだから流石としか言いようがない。
「本日のお召し物はこちらなど如何でしょうか?」
「いつも通り任せるのじゃ」
「かしこまりました、それでは失礼します」
ウォークインクローゼットから取り出してきたのは桜色のブラウスシャツワンピース、絹の様な光沢に同色の糸で入れてある刺繍が美しい。
手早く侍女の手で着替えさせられると髪を鋤かれ顔を洗われて、身支度が整うとぽすんと車いすに座らされてそのまま食堂へと移動する。
このところずっと傅かれるような生活を送っていたため身の回りの世話をされることに慣れたとはいえ、ここまで至れり尽くせりだとダメになりそうだな、などと考えてるうちに食堂へとたどり着いた。
「セルカ…あぁ、良かった。大丈夫? どこも辛くはない?」
「あぁ、うむ。大丈夫なのじゃ」
食堂に入ると先に居たクリスが朝の挨拶をすっ飛ばしてワシの下へ来ると、心配そうに手を取ってワシの目を覗き込んでくる。
「そう…良かった。侯爵がいうにはただのマナ切れとはいっていたけれども心配で心配で」
「すまんかったのぉ…ワシもあの程度でマナ切れになるとは思わんかったのじゃ」
恐らくは封印のひび割れを塞ぐのに意外とマナを使ったのだろう、以前であれば瞬きするよりも容易い事だったが、今後はもっと使えるマナの量に気を配らねばならないなと気を引き締める。
その後しばらくワシの様子を大丈夫か大丈夫かと観察していたクリスを宥め落ち着かせてから朝食をとって、学院へと登校する。
教室でもクラスメイトに昨日のことを心配され、色が白くいきなり倒れたせいか何故か「病弱な深窓の令嬢」という誰だそれはというイメージを持たれ、訂正したほうがいいのかと首を捻りながらその日の授業を受けるのだった…。
ちなみにワシが魔法を使うことを禁止されたのは言うまでもない。




