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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで…?
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427手間

 最高学部の一室、エヴェリウス侯爵の研究室兼診療所の扉を、クリスが破らんばかりの勢いで開け放ちワシの乗る車いすを即座にそこへ躍り込ませる。

 中で何か研究でもしていたのだろうか、椅子に座っていたエヴェリウス侯爵が突然開かれた扉の音にびっくりし次いで何かしてるのを邪魔されたからか、それとも乱暴に扉が開かれたからか一瞬ムッとした表情になるものの、車いすでぐったりしているワシを見るや否や椅子を蹴っ飛ばしてワシの下へとやってきた。


「早くベッドへ、それと何があったのか教えてもらえるか」


 アニスが少々狼狽えている養父様(おとうさま)に手早くなにがあったかを伝え、クリスがお姫様抱っこでワシをベッドへと運んでくれる。

 診療所といえど流石貴族のということかキングサイズのベッドの縁へと体を横向きにして、まるで流麗なガラス細工でも置くかのように横たわらせてくれた。

 クリスが心配そうにワシの顔を覗き込んでくるのもなかなかこっぱずかしいが、ワシの手を取りぎゅっと握っているというのは正直いってすごく恥ずかしい。

 うるんだ瞳にじっと見つめられ思わず顔が火照り身じろぎする、といっても鉛を流し込まれたかのように体が重いので実際は殆ど動いていないだろうが…。

 しかし、それを苦しんでるとクリスは勘違いしたのか握る手に籠められる力が増え、ワシを見つめる視線にも熱が増えそれを恥ずかしがるワシがまた身じろぎしてと、悪循環に陥り始めたところで養父様(おとうさま)がクリスの肩を叩いて場所を変わる。

 クリスは名残惜しそうに、そして心配そうにワシの手を離してワシを診察する養父様(おとうさま)の後ろから、覗き込むようにしてワシの様子を窺い始めた。


「ふむ、これはただのマナ切れだね…よく新米の魔法士がなるやつだ」


「マナ切れ…たしかそれに対しての特効薬が」


「あれは特効薬というよりも肥料の様なものだね、だからセルカには…この子には効かないよ」


「どういう事でしょうかエヴェリウス侯爵」


 何やらクリスと養父様(おとうさま)が話し合っているが、世界樹の天辺まで一気に駆け上がったかのような疲労感で頭がぼーっとしてよく聞き取れない。


「この子の状態、むろん今のではなく何故私の城に居たかは知ってるかね?」


「え…えぇ。セルカから聞きました、マナが封印されてるとかなんとか」


「そうだね。分かりやすくこの子のマナの状態を例えれば、湖から流れ出る流れを水門を閉じて遮っているようなものだ」


 ずいぶんと優しい手つきと細い指の感触はアニスだろうか、さらさらと頭を撫でられる感触が心地よい。


「それに対してマナ切れというのは、池の水が枯れて流れ出る水が無くなっているようなものだ。流れ出る川だけ見れば両方同じような状態だが元が全く違う、さっき言った薬…肥料と言ったがこの例えの場合は、この枯れている池に水を継ぎ足すような働きを持っている」


「つまりセルカの場合は元に水を継ぎ足しても意味が無い…と?」


「そういう事だ、だからこの場合は休ませることだけが薬といえるね」


「しかし、エヴェリウス侯爵。今の例えで考えるとセルカの川は…マナは常に枯れている事になりますが」


「うむ、水門でせき止めているといったが実際の水門と同様に流れ出る水を完璧に遮断できるわけではない、この子の場合はその漏れ出ている水だけで生活している状況なのだよ」


 頭を撫でられる心地よさと凄まじいまでの疲労感に意識を手放し、次に目が覚めたのは屋敷のベッドの上だった。

 何を思ったのかワシの為と用意されたベッドはお姫様もかくやといった薄桜色の天蓋付き、フリルもたっぷりでいささか少女趣味すぎやしないかと思うのだが…ワシの為にと態々用意してくれたのだから文句など言えない。

 まだ少し疲労感の残る体を起こし、いま何刻だろうかとキョロキョロと辺りを見回す。

 天蓋から下ろされた幕の外は常夜灯のぼんやりとした睡眠を妨げない程度の明かりだけ、ならば今は夜半かとくったりともう一度ベッドに体を預けるが、はたとアレからどれくらい経ったのかと気になって目が冴えてしまった。


「尋常ではない疲労感じゃったしのぉ…下手をすれば何日も寝込んでおったというのもあり得る話じゃ……」


 辺りの静けさからも考えてとっぷりと日も暮れていることは想像に難くない、常ならばもう一度寝て朝に話を聞けばいいのだろうが、生憎と目が冴えてしまいもうしばらくは眠れそうにない。

 夜番の使用人なら起きているだろうしと、ゴロゴロとベッドの上を転がり縁へとたどり着くと、天蓋の幕を少し上げサイドチェストに置いてある呼び鈴を夜という事もあり控えめに鳴らす。

 転がって分かった事だが未だに足はうまく動かないものの、他の所まで動かないということは無くほっと息を吐く。

 これ以上どこか不自由になってはショックで寝込んでしまいそうだと取り留めないことを考えながら、使用人が来るまでの間、天蓋の幕に浮かぶ常夜灯の揺れる光をぼーっと眺めるのであった…。

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