426手間
先を進む生徒たちから少し遅れて学院の東にある、先日パーティが行われた会場とは別の建物へとたどり着く。
微かにバンバンと何かが爆発するようなぶつかる様な音が聞こえる、音の感じからして弓道場の様に天井が取り払われているのだろう。
ワシとクリスを待っていたのであろう、そわそわと体を揺らし早く入れろと態度でせっついている生徒たちを建物の扉の前で阻むように立っていたガイネス先生が口を開く。
「さてと、まず訓練場に入る前に皆さんに言っておくことがあります。中等部までは教室を分けるのは爵位ですが、高等部からは個人の能力毎に分けられる事になります」
言外に高等部からは身分が関係ないよとも宣言してるともとれる発言だが、生徒たちは皆それに反発することも疑問に覚えることも無く頷いている。
流石は子供とはいえ高位貴族の子弟という事だろうか、恐らくは親からここのことを聞いていたりするのだろう。
クリス曰くよほどの貧乏貴族か法術に関する才が無い場合を除いて、貴族の子弟はこの学院に通う事になるらしい。
となると高位貴族の親たちはほぼ確実にここの卒業生であるだろうし、この慣習を知っているのも当然だ。
「そして今ここを使っているのは最も実力のあると判断された生徒たちです、なので男爵の子弟だからといって侮らないように」
よくある「男爵家の者が生意気だ」などという嘲りをするなということだろう、それを分かっているのか生徒たちも皆素直に返事をしている。
あぁ、この素直さ…どこぞのデブにも見習わせたいものだ。既に見習えない場所に行ってるかもしれないが…。
「あぁそれと、彼らは真剣に魔法を使っています、危ないので不用意に近づかないように」
扉に手をかけてガイネス先生は思い出したようにそう付け加えると、今度こそ扉を開いて生徒たちを連れて中に入っていく。
ワシらも遅れず彼らに続いて建物の中へと入る、中はまずそれなりに広いホールになっており三十人近い人数が入ってもまだまだ余裕がある。
目の前にホールの奥側にある両開きの扉の先から、先ほどから聞こえる破裂音がひときわ強く感じあの先が訓練場なのだろう。
「それでは皆さん静かに見る様に」
そういってガイネス先生が奥の扉を開くと、そこへ生徒たちはぞろぞろと皆足取りも軽く入っていく。
やはりというか、ワシの想像したとおり訓練場は弓道場にそっくりだった射場から的場までは屋根が無く、左右には魔法が飛び出るのを防ぐための高い壁。
的場には土壁とそれに立て掛けられただけの簡素な的があり、高等部の生徒であろう皆同じ制服に身を包んで一生懸命にその的に向けて魔法を放っている。
クリス含めワシ以外の生徒が魔法に目を奪われている中、ワシが目をとられたのは彼らが着ている制服だ。
「まさかブレザーを見る事になるとはのぉ……。」
思わずぼそりと呟いてしまったが、幸い魔法の破裂音にかき消され誰の耳にも届いていない様だった。
胡粉色の生地に金で縁取りされたブレザーに女生徒は濃紺のひざ下丈のプリーツスカート、男子生徒は同色のスラックス。
白や紺色の靴下と革のローファーの組み合わせは、ある意味見慣れたとも鉄板ともいえる実に懐かしいものだ。
「あれが魔法か…」
「学院長も使っておったではないか」
「だが見たのは一回だけだ、家に居た頃も危ないからと屋敷の訓練場には近づくことすら許されなかったからね」
「ふむ…」
クリスがまるで初めて魔法を見たかのように呟いたので思わずクリスへ振り向きながら突っ込めば、確かにと納得する言葉が返ってきた。
それにしても流石公爵家、自宅に訓練場があるらしい…もしかしたらワシが先日までいたお城にもあるかもしれないが…。
クリスは熱心に魔法を撃っている姿を見ているようなので、ワシもそちらへと目を移しせっかくなのでじっくりと観察することにする。
「なるほど、あの杖は宝珠の代わりという事かえ…効率はだいぶ悪い様じゃが、ふむそれでも素晴らしいのぉ……」
宝珠で魔法を発動させる時とよく似たマナの動きから、同じような仕組みで魔法を使っていることが分かる。
空気中に漂うマナに干渉する際に、宝珠に比べてかなり大量にマナを消費しているように見えるが、それでも宝珠が無ければ魔法を使えないことを考えればかなりのものだ。
しかし、マナを大量に消費するという事はそれだけ体力を使うという事、生徒たちは大粒の汗をかき、肩で息をしている者も多い。
後輩が見ているということで張り切っているのだろうが、カカルニアで魔法を見慣れたワシからすれば彼らに悪いがかなり稚拙と言わざるを得ない。
マナの収束具合も精度も威力もそれなりだ、魔獣であればギリギリ仕留めれるであろうが、魔物には何の痛痒も与えれないだろう。
あぁ、こちらの魔物であれば十分かもしれない、それでも小角鬼の魔法使いが使うレベルだが…。
「さて…皆の中で杖を持っている者は居るかな?」
高等部のの生徒たちが休憩に入り射場が空いたところで、ガイネス先生が唐突に聞いてきた。
「はい、先日父より頂きました」
「他には?」
ワシとクリスは丁度昨日貰っていたし、他の生徒の中にも数は少ないが貰っている者も居るようだ。
「流石だね、たぶん貰った杖は短いものだろうけれど、それは最低限の魔法を既に扱える技量を持っているという証だ、という訳で魔法…使ってみるかい?」
「ぜひ!!」
ガイネス先生が悪戯っぽくそういえば、ワシからは背中しか見えないが絶対にキラキラした目をしてるだろうと想像するに容易い声音で、勢いよく先ほど杖を持っていると返事した生徒たちが声をあげている。
「おー、ワシも法術は使えるが魔法は使えんかったからのぉ…これは楽しみじゃ」
「えぇ、まさか使わせてもらえるとは……」
さしものクリスもまさか魔法を使わせてもらえるとは思ってなかったのだろう、随分と興奮した様子で専用のベルトで腰に吊り下げた杖をさすっている。
「けれどもまだまだ危ないから、一人ずつ…。まずは君から」
「はい!」
「いい返事だ。魔法といっても基本は法術と同じ、重要なのは如何したいかだ。それを思い描いてあの的に向かって撃ってみよう」
指名された生徒がワクワクとした様子で、ワシが貰ったのと似たような指揮棒ほどの大きさの先に魔石が取り付けられた杖を的に向けて「むむむむむ」と唸っている。
しかし、ぽふんと情けない音と共に杖の先から飛び出した拳よりだいぶ小さな火の玉は、人の歩み位の速さでへろへろとした軌道を描き、五歩ほど進んだくらいの距離で解けるように消えてしまった。
「あぁ…」
「そう落ち込むことは無い、さっきの生徒たちも皆最初はこんなものだよ、ましてやまだまだ法術すら習熟してない段階だからね」
分かりやすいほどがっくりと肩を落とす生徒の肩を、ガイネス先生がポンポンと優しく叩き慰める。
肩を落としたままの生徒と入れ替わるように次に指名された生徒が魔法を撃つが、先ほどの生徒と殆ど同じ状態でまたがっくりと肩を落として戻ってくる。
他の生徒たちも五歩か十歩か、へろへろかひょろひょろかといった違いくらいで皆同じような結果を出している。
そしてついにクリスの番になり何とも様になる格好で杖を構えると、杖先から軽くボールを投げたくらいのスピードで拳大の火の玉が目掛けて飛んでいく。
だが僅かに的を外れた火の玉は後ろの土壁に当たり、威力も少しだけ土煙をあげたくらいで消えてしまった。
「おぉ…初めてで的まで届かせるとは凄いね」
「いえ…まだまだ先輩方のようにはいきません…」
確かにワシから見たら稚拙とはいえ、先輩たちが撃っていた火の玉は矢のように速くしっかりと的に当てていた。
「では最後に…期待しているよ?」
「むぅ、法術は自信があるのじゃが魔法はのぉ…」
戻ってきたクリスに車いすを押してもらい前に出るが、何とも意味深な言葉をワシだけに聴こえるくらいの声量でガイネス先生が呟く。
しかし期待されているならば応えなければならないだろう、そこでふと思ったのだが何故皆、火の玉を撃っているのだろう…と。
この辺りはマナが水の性質を強く帯びており、そのために気温が低い。要はマナに火の性質を強く帯びさせなければならない火の玉は効率が悪いのだ。
それを踏まえイメージを固めて杖を介して、空気中のマナに呼びかける様にして力を行使する。
初めて体験するマナをごっそりと持っていかれる感覚と共にグッとマナを固めるとその塊を的に向けて発射する。
ワシの意思に従い出現した大人の手のひらほどもある氷柱は、まさに矢の様な速度で狙い違わず的へと直撃しバガンという音を残して氷柱が砕け散る。
「お…おぉ…」
「ふぅ…む、やはりうまくいかぬのぉ」
ポカンと口を開けているガイネス先生を尻目に、もう一度撃ってみようと意識を集中する。
今度はもっとマナを使おうとワシのマナを封じている、薄氷の様でそれでいて地層の様に分厚いマナの殻を足の方から慎重にこそぎ落して…。
そこで急にピシリとその殻にひびが入るかのような感覚を受け、慌ててひびを抑えてマナが溢れ出るのをなんとか阻止する。
「ふぅ…ふぅ…危なかったのじゃ……」
一瞬この辺りに結構な量のマナが溢れてしまったが何とか最悪の事態にはならなかった。
もしかしたら今の溢れたマナで中毒になった者が居るかもしれないと周りを見渡すが、ぱっと見る限り体調を崩した者はワシ以外居なさそうだった。
「セルカ大丈夫かい?」
「う…うむ、二発目を撃とうとしたのじゃがの、ちと無理をしてしまったようじゃ…」
「はっ…セ、セルカ君大丈夫かい? ……君の事情はエヴェリウス侯爵閣下より聞いている、丁度最高学部に居られるし今から見てきてもらいなさい」
「うむ、そうさせてもらうのじゃ」
急いては事を仕損じるとは正にこの事だろう、ぐったりとするワシを心配そうに覗き込むアニスを連れて、慌てたクリスに車いすを押され最高学部に向かうのだった…。




