424手間
入学パーティも恙なく終わり、車いすそのまま乗り込める馬車に乗り屋敷へと帰る。
因みにこの馬車も車いすもワシの為にあつらえた訳ではなく、どこぞのご令嬢が足を悪くし彼女の為に作られた物を譲り受けたらしい。
エヴェリウス侯爵…ワシの養父はその令嬢がどうなったかなど言わなかったが、特に痛みも無く残っているという事は…。しかし、そんなことを気にすれば、病院なぞ使えたものではないだろうし気にしないことにする。
とはいえ、考えてよい気分になるような事でもないしと気持ちを切り替えて、努めて明るく今日のことをクリスと話す。
「入学式じゃから堅苦しいものと思うておったが、なかなか愉快な催しじゃったのぉ」
「えぇ…まさかご令嬢があそこまで情熱的とは思わなかったけどね…」
クリスの物言いはずいぶんと辟易としているが、それに反して声音はそうとは思えないほど上機嫌だ。
「その割にはずいぶんと上機嫌じゃが、満更では無かったのではないかえ?」
「あぁ…嫉妬して貰えるなら悪いものでは無いですね」
ニヤニヤしながら少し意地悪くいったのが悪かったのか、クリスは仕様のない人ですねといった笑みで何か勘違いしたことを口走るものだから、「そうではない」と口を尖らせてもクリスはますます笑みを深めるばかりで、何がそんなに愉快なのかとますますワシも口を尖らせる。
終始ご機嫌なクリスと対照的に、傍から見れば拗ねたようにも見えるワシをアニスが微笑ましく見守っているのも気付くことなく、ワシらを乗せた馬車は屋敷へとたどり着いた。
「お帰りなさいませクリストファー様、セルカ様」
「あぁ、ただいま。何か変わったことは無かったかい?」
「先ほどエヴェリウス侯爵閣下がお越しになりまして、今は客間にてお待ちです」
「む、そうか。わかった早速会うとしよう」
屋敷の玄関にてワシらの帰りを待ち構えていた屋敷付きの侍女が腰を折って出迎える中、変わりないかと尋ねるクリスにしれっと侯爵が来ていると伝える侍女。
はて何の用かと首を傾げるワシを尻目に、クリスが車いすを押してともに客間へと向かう。
「ふむ、養父様来とるのかえ…何用かのぉ」
「それ本人の前で言わないようにね?」
ワシがそう言うと、クリスの呆れたような声と肩を竦ませる気配を感じクリスがそう言うならと口を噤むことにする。
流石というべきか学生が使うだけの別宅とはいえ公爵家のモノ、いくつもある客間の内で最も豪奢な部屋にエヴェリウス侯爵は待っていた。
「二人とも入学おめでとう、早速だが二人にプレゼントがある」
扉を開けて部屋に入るなり養父様が満面の笑みで迎え、プレゼントがあるといって手招きしている。
その姿は高位貴族や老紳士などという印象を捨て去った、まさに親バカとしか例えようが無い程のはしゃぎ様だ。
「これはヴェルギリウス公爵閣下よりクリストファー様に、こっちは私からセルカに…だ」
「これは何じゃ?」
「それは開けてみてのお楽しみという奴だよ」
クリスが養父様の対面のソファーに、ワシは二人を左右に見るような形でテーブルの横に着く。
そして養父様がすでにテーブルの上に置いてあった二つの箱を、それぞれワシらの前に押し出す。
箱の大きさは両手を少し離して上に乗るくらい、艶やかな木で作った箱に金で細工を施された少し細長い所を除けばいかにも宝箱といった雰囲気の、かまぼこ型の蓋を開ければ赤い天鵞絨のベッドに沈んだ指揮棒より短いくらいの杖。
思わず杖という存在に驚き後ろに仰け反れば、丁度もふりと尻尾に当たった所に居たのだろう、スズリが「キュッ」とワシにだけ聴こえるくらいの大きさで抗議の声を上げる。
後ろ手でスズリを撫でながら、もう片方の手で汚いものでも触るかのようにスススッと箱を遠ざけると、養父様が困った顔で頭を掻いているのが目に入った。
「あー…、大丈夫だよそれはアレとは全く違うものだからね」
「では、これは何なのじゃ?」
「魔法を使うための触媒の様なものさ、セルカならばフルサイズでも大丈夫だとは思うが、まだ学生の身だから短いモノをね」
「杖というと、こうもっと馬車の様に大きいものでは無いのかえ?」
「あぁ…あれは外征用だよ。なぜか聖ヴェルギリウス神国の領土内から出ると、普通の杖は機能不全を起こしてしまうからね、その為の装置という奴さ」
「ふーむ…マナの濃度が違うのかのぉ……」
そういえばフランク学院長もパーティ会場で魔法を杖だけで行使していた、恐らくはこの辺りはマナが濃くこの杖が宝珠の代わりを果たしているのだろう。
それでマナが薄い国外に出ると杖は機能不全を起こしてしまう、その為に外付けのマナの貯蔵庫が必要になると…。
「とはいえ学院長も言っていたようにいきなり魔法に触れるということは無いだろう、若い二人にはじれったいかもしれないがまずはゆっくりと基礎を極めて欲しい」
「言われるまでも無い事じゃ」
神妙に頷くクリスとドヤッと胸を張るワシを見て微笑みとも苦笑いとも付かない顔を養父様がすると、一度うなずいて「まだ仕事が残っているから」と言い残して屋敷を辞していった。
「明日から学生じゃのー楽しみじゃなー」
「そうだね…私も詳しくは知らないし楽しみだよ」
入学式では学生になったという感覚は無かったが、入学祝いだと言われて何か渡されるというのは存外感慨深いもので、途端ワシは学生になったのかという自覚が芽生えてくる。
その後二人でアニスが用意してくれたお茶を飲みながら夕食までの間、何があるだろうかこうだろうかと時が経つのも忘れてこれからのことを話すのだった…。




