422手間
カラコロと赤い天鵞絨の絨毯の上を、儀礼用の鎧に身を包んだ四名の護衛に四方を囲まれつつ入学式の会場に向かって進む。
入学式、この歳だからこそ心躍るものがあるとワクワクした気持ちを逸らせながら、入場の扉の前でしばし待機する。
護衛をしていた四名の内の二名は両開きの扉の両脇にそれぞれ立ち、抜いた剣を両手で天井に向ける様に胸の前でもって待機する。
アニスが会場の中から見えないような位置に移動すると、残る護衛二人が扉に手をかけどれほど練習したのだろうかと思わず考えてしまうほどに息ぴったりと扉を開ける。
扉を開けた影響で起こった風と共に飛び込んできた入学式会場の光景に、ワシの入学式への期待がガラガラと音を立てて崩れ去る。
「まるでパーティ会場じゃな…」
「まるで、ではなくその通りですよ」
新入生がが椅子に座ってなどという光景を想像していたワシの目に入ってきたのは、貴族の立食パーティー会場。
軽く摘まみながら会話が出来る様な料理が乗ったテーブルがあちらこちらに置かれ、お酒かどうかは知らないがグラスを載せたトレイを片手に歩き回る使用人たち。
そして会場からその中に居る人たちに目を移すと同時、彼らもワシらをじっと見ていることに気付く。
「あの方が公爵家の――
「お噂通り素敵な――
「でも、ご一緒してるあの獣人の方はどなたかしら――
「あら、貴方知らないの? 最近エヴェリウス侯爵閣下がお迎えになった――
などなどと既に出来上がってるグループ同士でひそひそとワシらのことを話し合っている。
当然ワシの事に言及している者も多くいるが、侮っていたり侮蔑を含んだ言葉を話している者はどうやらいないようだと少しほっとする。
もちろん心中どうだか知らないが……。
「お初にお目にかかりますクリストファー様、私はシェネリア侯爵が娘の――
そして会場に足を踏み入れた途端、あっという間に囲まれるクリス。
この手のことはやはり男より女の方が行動が早いなーどと考えつつ、周りを囲む令嬢たちの格好を見る。
やはりというか最初に話しかけてきた者の親の爵位を考えるに、無造作に囲みつつも身分が高い者からという事なのだろう。
しかし、こう言っては何だが彼女らの格好は囲みの内側、要は身分が高い令嬢の方がワシの様なブラウスにロングスカートやハイウェストのワンピースなど地味な格好で、外側の身分の低い者たちの方が盛りに盛ったドレスなど実にド派手なこれぞ貴族といった格好をしている。
とはいえ地味な格好の令嬢たちもよくよく見れば細かい刺繍や一目で上等と分かる生地を使い、靴も今日だけの為におろしましたとばかりのピカピカなもの。
逆に派手なドレスの者たちは中には上等と分かるモノを着こんでいる者もいるが、大半は親の代のものを手直ししたような着慣れた感じのモノを着ている者が大半だ。
観察している内に最初の子が話し終えたのかワシに挨拶をし一言二言交わしてから、すっとクリス包囲網から離れて次の話し相手か誰だかに向かって行くとまた新たな子がクリスに挨拶をしはじめる。
「嵐のようじゃぁ……」
「お初にお目にかかります――
ワシの呟きは次に挨拶に来た令嬢の控えめでいて、それでいて溌溂とした声にかき消される。
彼女もまたクリスにこれでもかとアピールした後に、ワシに三言ほど挨拶してから立ち去っていく。
明らかにクリスとの縁を狙っているが、彼女たちから見れば最大の障害であろうワシにも表面上は和やかに仲良くしましょうと挨拶していくのは流石というべきなのか…。
もちろん、こういう場合のお約束とはいえ嫌な言葉を投げかけられたい訳でもないので、とてもとてもありがたい事なのだが。
そうこうして語る内容こそ違うものの同じことを言う令嬢を数人ほど相手にした後、ふと令嬢の対応が変わったことに気付く。
「お初にお目にかかりますクリストファー様、そしてセルカ様。私はクリエア伯爵の――
今まではクリスへの挨拶からクリスと会話、そしてワシへの挨拶と繋げていたのが、クリスへの挨拶からワシへの挨拶そして会話へと変化している。
何でかと首を傾げていたが、また数人ほど話をしてからその原因へ思い至る。
最初の数人は侯爵令嬢で、ワシへの挨拶へと繋げ始めた彼女らは伯爵令嬢、なるほどなるほどこういう風に対応が変わるのかなどと考えつつクリスに熱視線を送ってる令嬢たちを生温かく見守る。
ようやく地味だか上等な服装の高位貴族の令嬢の挨拶が終わり、数が圧倒的に多いド派手な者たちの挨拶が始まるのかと内心うんざりし始めた時、カツーンと石の床を何か乾いた物で突いたかの様な音が響き渡る。
決して大きな音では無かったがよく通ったその音に皆が振り向くと、パーティ会場の奥、他の場所より少し高くなった壇上に、杖を持ったしかし杖を使う必要があるのだろうかと疑問に思うほど背筋にシャンと一本芯が通ったようにしっかりと背を伸ばし両手を杖の頭に乗せた姿勢で佇む老人の姿があるのだった…。




