421手間
窮屈さを感じさせない、ちょっとした応接室といった感じの部屋。
下品と感じる一歩手前、ギリギリその言葉が掠めないくらいの豪奢な家具類。
少々趣味が合わないなと考えながら、見るからに座り心地が良さそうなソファを見やる。
「本当に御髪を纏めなくてもよろしいのでしょうか?」
「うむ、髪の毛を結うと耳が引っ張られるような感じになって嫌じゃからのぉ」
何の動物かは知らないが、黒くてハリのある毛をふんだんに使ったブラシでワシの髪の毛を鋤きながら、アニスが残念そうに聞いてくる。
しかし、しっかり髪を結うとどうしても皮膚が引っ張られる、そうすると耳も引っ張られてすごく不快なのだ。
だからアニスの髪を結いたいという希望は、かなえられることは無いだろう。
「それよりもじゃ、今日のこれはどうかの?」
「えぇ、とてもよくお似合いです」
アニスが髪を鋤く手を止めたところで、くるくるとその場で回る代わりに軽く両手を広げ左右に体を捻りながら見せびらかすように服の感想をアニスに聞く。
今日の服装は首元と胸元にたっぷりのフリルが付いた蜂蜜色のゆったりとしたブラウスに、煉瓦色のシンプルなロングスカート、その二つを布製のレースがあしらわれた茶色いコルセットで締め上げている。
乗馬が似合うお嬢様風の服で挑むのはエヴェリウス魔導学院の入学式、今はそれの入場待ちの最中という訳だ。
同じ部屋にいるクリスは濃紺のスラックスにシミ一つないシャツ、そこへ赤地に草花の刺繍を金糸で入れた豪奢な宮廷風の礼服、そこらの者が着れば服に着られているか下手なコスプレにも見える格好を見事に着こなして、正に王子様という優雅な所作と服装でゆったりとソファに座りお茶を楽しんでいる。
「あとどれくらいかのぉ…」
「この巡りでは子爵や男爵位の人が多く入ったらしいからね、もう少しかかるんじゃないかな」
「そうかえ…」
ソファの高さに合わせられたテーブルでは、車いすに座るワシには少し低すぎるのでアニスから直接受け取ったお茶を啜りながら自分たちの入場を待つ。
この入学式は貴族の夜会よろしく低位貴族から入場する決まりらしく、今回はその低位貴族の人数が多いためその分ワシらの入場までの間が伸びてるのだという。
何故学院でこんなことをするのかと思えば、社交界デビュー前にこの手の雰囲気に慣れておけという狙いがあるらしい。
貴族の子弟ということで地位に見合わぬ気位を持つ者もおり、その手の者に自重を覚えさせることも学院の役目だとかなんだとか。
「セルカ、ちょっといいかな?」
「ん? おぉなんじゃ?」
何時の間にやら立ち上がり傍に来ていたクリスに答えながら、空になったティーカップをアニスに手渡す。
その空いた手を透かさずクリスがワシの手のひらが上に来るように手を取り、その上にそっと硬質な何かを置いた。
クリスの手が去り露わになった手のひらの上には、エーデルワイスによく似たレギネイという花を模したブローチがあった。
「これは?」
「レギネイの花のブローチだ、入学祝い…というには少々ささやかではあるが、レギネイの花が咲く時期は過ぎてしまうのでな」
「おぉ、ありがとうのぉ」
「喜んでくれたなら何よりだ」
ワシがレギネイを気に入ったこともあり、枯れる前に次の花をとクリスに贈られていたのだが、最近それが無くなったので不思議に思っていたがなるほどと納得する。
手元に目を落としブローチを見る、クリスはささやかだと言ったが白と黄色の宝石を使い形作られたレギネイの花は、どう見ても下手な首飾りよりも価値がありそうとはいえ贈られた物を高そうだからと突っぱねるのも失礼だ。
再度視線をブローチからクリスに戻し満面の笑みでお礼を言うと、珍しく照れたようにそっぽを向く姿にクスクスと思わず笑いが漏れる。
「では早速、着けさせてもらおうかのアニスや」
「かしこまりました」
ブローチをアニスへと手渡し襟もとへと着けてもらう。
「どうじゃ? 似合うかの?」
「はい! とてもよくお似合いで、お嬢様の美しさを一層引き立てております」
「あぁ、贈った甲斐があるというものだ」
そしてそれを誇る様に胸を張ってクリスとアニスに見せてやれば、アニスは軽く手を叩き大絶賛。
クリスはうんうんと、自分の目に狂いはなかったと頷いている。
二人からの高評価に気を良くしていると、そこへコンコンと控えめなノックの音。
アニスが応対し、少し扉を開け外の者からの言葉を受け取り戻ってくる。
「そろそろご入場を、とのことです」
「そうかえ、では行くとしようかの」
ワシの言葉にアニスが扉を開け、腕を絡めてのエスコート代わりにクリスが車いすを押して部屋を出る。
先ほどのノックの主であろう儀礼用の鎧に身を包んだ護衛を新たに引き連れて、今一時足が治るかどうかの不安を捨て置いて入学式に胸躍らせて会場へと向かうのであった…。




