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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで…?
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419手間

 光沢を抑えた天鵞絨(ビロード)の赤地に金糸の飾りが施された絨毯、雲一つないとは言えないものの穏やかな色を見せる空から降り注ぐ光を青白い文字通りの水晶硝子(クリスタルガラス)の窓が受け止める。

 直接光が入っては来ていないが決して薄暗い訳では無く、水晶硝子のお蔭か白い建材のお蔭か室内は明るくまるで春の陽気のように暖かだ。


「流石、貴族が通う学院とあって凄まじいのぉ」


「えぇ、本当に。セルカをお姫様として迎え入れているかのようだ」


 誰も居ない学院の廊下を、クリスと二人進む。

 右手には扉と並んだ机が見える窓、その景色は遥か遠い郷愁を誘う光景。左手には緑が目に鮮やかな綺麗に灌木が剪定された庭園。

 白い廊下は教室が無ければ、まるでどこぞの王宮と言われても違和感が無い程。

 廊下の角から、今まさにふわっふわの髪をしたマシュマロのような笑顔のフリルがたっぷりついて両手を広げた薔薇の様なスカートのお姫様が出てきても不思議ではない。


「しかし、学院もなかなか粋なことをしてくれるのぉ」


「えぇ、本当に」


 学院には正確な数は知らないが結構な数の生徒や教師、研究者が在籍している。

 学院に入学する生徒は、入学後に学院内の施設を探検…もとい覚える為に巡ることが義務とされている。

 だが、車いすのワシでは大勢の生徒が一様に動く中は危ないだろうということで、事前に学院を周ることをお勧めされ入学式前日、一部の教師と研究者以外はお休みの今日エスコート役のクリスを連れて学院内を周っているのである。


「お嬢様、本日は日がお強いですしお疲れになりましたらすぐにお茶などご用意させていただきますので」


「うむ、そうじゃな…せっかくじゃしあの中央に見える噴水の傍でお茶にするかの、クリスもそれでよいかえ?」


「もちろん」


 訂正しよう、二人では無く三人。ティーセットなどが入ったワゴンを押すお世話役のアニスも一緒だ。

 この学院は上空から見ると円の字を北から九十度ずつ傾けながら東西南北、四方向に向けて置いた建物で、そこに井の字状に渡る回廊がありその中央には庭と立派な噴水がある。

 南が初等部、西が中等部、東が高等部、北が最高学部となっており十字の建物の西に高位貴族向けの屋敷群、東に魔導器を使うための練習場などの雑多な施設を挟んで低位貴族向けの寮がある。

 そして北には最高学部用の研究施設や、研究用の小さな牧場などがあるらしい。

 説明を受けた学院の構造を思い浮かべてるうちに外に出ており、ふと見回せば井の字の回廊から噴水を中心に十字に赤レンガの道が続いており、その噴水の周りには休憩用の可愛らしいベンチやテーブルなどが置かれていた。


「すぐにご用意いたしますね」


「頼んだのじゃ」


 アニスがペコリと礼をしてワゴンからテーブルクロスやらを噴水傍のテーブルにかけ、お茶の準備をしている間にこの庭の主人である噴水をぼうっと眺める。

 白い石材で造られたレギネイの花弁から零れ落ちる水が薔薇の様な花を模した飾りへと零れ落ち、そこからあふれた水はレギネイと薔薇を活けた皿の上へと滴り落ちてそこから泉へと滝の様に流れ落ちる噴水は、派手では無いものの実に心落ち着く光景だ。

「お待たせいたしました」とアニスが言えば、クリスがワシを車いすごとテーブルにつけるとクリスもテーブルに備え付けられた椅子へと腰かける。

 ワシらが座ったのを確認すれば優雅な所作でアニスがワシらにお茶を入れてくれる。


「学院が始まれば、ここは随分と賑わうのじゃろうのぉ」


「そうだね、高等部のお茶会のようになってしまうかもね」


 大抵こういう人気の場所は上級生が優先して使うもの、ワシら最下級生はおいそれと使うことは出来ないだろう。


「けれど、セルカや私が言えば場所を譲ってくれるかもよ?」


「流石にそれは恨まれるじゃろうて、そうまでしてお茶を飲みたくはないのぉ」


 エヴェリウス侯爵は他にも数名いる侯爵の中でもっとも地位は上の方だという、そしてクリスは公爵家の跡取りだ。

 いうなれば貴族に限ればトップと次席の息子と娘である、であれば「譲って下さる?」と問えばノーといえる人はまず居ないだろう。

 しかしそんな地位に鼻にかける態度なぞ、どこぞの悪役令嬢では無いのだから態々要らぬ恨みを買う必要もない。


「この後は、養父様(おとうさま)に最高学部へ寄ってマナのサンプルを渡してこいと言われたから行こうと思うのじゃが」


「マナのサンプル?」


「うむ、ワシもよくわからんのじゃが、行けば分かると言っておったの」


「そう…」


 お茶を終え、クリスに押され向かった最高学部の建物はシンと静かだったほかと違い一部の研究者が残ってるといいつつ実は全員残ってるんじゃないかと思うほど、何か分からぬモノを抱えてる人だったり書類を握りしめてる人だったり、廊下のベンチで居眠りしている人たちであふれていた。

 いや、溢れてるというほどでもないか、それなりに人が目につく位だ。その中の一人を適当に捕まえ、エヴェリウス侯爵の云々と伝えれば丁度その目的地の人だったらしく丁寧に案内してくれた。

 案内された先の部屋は何といえばいいのだろう、魔導学院の研究室というよりも魔女見習の部屋といった雰囲気。

 何かの材料かはたまた実験の試料か、壁一面の棚に乱雑に置かれた壺から覗く枯れ枝や何かの手に小角鬼(ゴブリン)の角らしきものなどなど。

 黒々としたでっかい壺に入った、紫色のドロドロゴポゴポとした液体を長い木の棒でかき混ぜる三角帽子をかぶった老婆でもいたら完璧だっただろう。

 その代わり何に使うか分からない実験器具が、部屋の中にいくつも置かれた机の上を占領している。


「貴女がエヴェリウス侯爵閣下の仰っていたセルカ様ですね?」


「うむ、マナのサンプルをと言われておったのじゃが、髪の毛でも渡せばよいのかの?」


 ワシらを案内してくれた青年が、ワシの正面を陣取る様に近くの椅子を持ってきてそこへどっかと乱暴に座り早速とばかりに問いかけてきた。

 目の前に座る青年は学院に通ってる以上、貴族のはずなのだがくすんだブロンドの髪は手入れを碌にしていないのだろう、肩口まで伸び放題のボサボサ頭。

 服装も生地こそ上等なシャツとズボンにも関わらず、皺だらけで正にだらしのない研究者か学生かといった感じだ。


「いや、一筋二筋では足りないからね、髪の手入れをしたときにでも切ったものを貰えればいいから今は要らないよ。だから今回はこれ…」


「ひゅい!」


 青年が取り出したものを見て、思わず喉から空気を押し出したかのような声をあげてしまう。

 後ろにいるクリスとアニスはソレを見たことが無いのだろうか、首を傾げてるのが雰囲気でわかる。

 しかし、ワシはソレをよくとまではいかないものの見たことがある、筒状のモノの中に可動式の押子、そして筒の先には鋭い針が…。


「注射器…じゃと…」


「おや? よく知っていましたね、さすがエヴェリウス侯爵閣下の娘さんですね」


 注射器の中身は空であり、青年が求めているのはマナのサンプル…つまりワシに待ち受けているのは採血と…。

 クリスとアニスの反応から採血どころか注射器を使った医療行為自体、一般的ではないのだろう。

 更には体からわざわざ傷をつけて血を抜くなど大抵の人が嫌がる行為だ、だからこそ養父様(おとうさま)は具体的な内容を言わず行ったら分かるなどと宣ったのだ。

 心中で養父様(おとうさま)に恨み言をつぶやきながら、チクリと腕をさす感触に唇を噛みしめて悲鳴を押し殺すのだった…。

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