418手間
ワシが入学する事になった学院、正式にはエヴェリウス魔導学院という実にファンタジックな名称。
エヴェリウスの名を冠するからといってエヴェリウス侯爵、つまりはわしの養父が長という訳では無く、エヴェリウス侯爵領にあるかららしい。
その学院への入学を間近に控え、ワシは予てからのクリスの提案により引っ越しを終え今はその引っ越し先のダイニングにてクリスと共に夕食をとっている。
「しかし、この屋敷も学院の敷地内とは凄いところじゃのぉ…」
「えぇ、学院の敷地はこの街の四分の一ほどありますからね、エヴェリウス魔導学院があるからここはエヴェリウス侯爵領なのだと冗談を言われるほどに」
そうこの屋敷は流石に城ほど立派ではないが、三階建てのまさに貴族の屋敷といった立派なモノ。
門から玄関までは徒歩で歩けば少しうんざりするほどあるし、玄関前のロータリーには噴水まである。
むしろこんな屋敷を内包しているからこそ街の四分の一も占拠しているのではないだろうか、それでも四分の一で済むあたりこの街の大きさがうかがえる。
「しかし、おぬしが公爵家の跡取りとはの。養父様が敬称をつかっておったから、偉いところ者とは思っておったが」
「ははは、すまないね。大抵は萎縮するか目の色を変えるかだからね、どちらもあまり気分が良い事ではない」
「確かにの」
クリストファー・フォン・ヴェルギリウス、それが彼のフルネーム。
何代も前の神王弟を祖に持つ唯一国の名を家名に許された、公爵家の跡取り息子。
この国でもフォンの名は王位継承権を持つ証らしく、公爵家は代々神王に何かあった際の控えとして存在していたという。
とはいえ今代の神王は跡取りこそ居ないものの、見罷った際は神王弟が玉座を守る事になる。
それを今になってクリスがワシに明かしたのは、一緒に通学する事になれば嫌でも耳に入ることになるからだろう。
「けどもじゃ、よくこの様な屋敷を手配できたのぉ…確か父親とは喧嘩しておるのじゃろ?」
「あぁ、そこは…うん、叔父上が手を回してくれてね」
この学院に通学する殆どの学生はこの街の外から来る、その為に寮があるのだがすんなりとそこに入れないのが貴族というもの。
寮とは名ばかりの貴族が泊まれる高級宿に匹敵する佇まいだが、多くの者と共同で住むことになるのはボロっちい寮となんら変わりない。
伯爵や侯爵などの高位貴族は見えもあり、学院の敷地内にある屋敷に住むのだ。
とはいえ屋敷の維持というのは手間もお金もかかる。同じ爵位でも収入が天と地ほどの差があるという事も珍しくは無く、余計な屋敷を維持する余裕はないところも多い。
その為、大抵の家は子息子女が学院に通う間だけ屋敷を借りているのだが、なんとこの屋敷は公爵家所有、要はクリスは名実ともに高位貴族であるという訳だ。
そりゃ大抵の者は目の色を変えると言うもの、なかなか家名を明かさなかったのも納得だ。
「寮の方はアレだね大抵は子爵や男爵の為だよ、だからといって侮られる訳では無いけどね。そもそも屋敷を借りられるのは伯爵以上の家だけだから」
「確かに子爵以下を含めておったら幾ら屋敷があっても足りんじゃろうしのぉ」
「それに、準男爵より貧乏な子爵とか結構いるしね。伯爵並みにお金を持ってるのも中にはいるから子爵を差し置いてなんてとか下らない見栄の争いになりかねない」
「なれば上下が出にくい様同じところに放り込んでおけと…」
「そそ、あの辺りは見栄の為に身を持ち崩す家が多いと、叔父上が嘆いていたのを聞いたことがあるよ」
収入が少し裕福な平民と変わらないのに、貴族の名を気にして見栄を張り続けぽっきりと折れる。
見栄を張らない分、見栄の貴族より平民の方が豊かな暮らしをしてると叔父上が…とクリスが続ける。
父親と喧嘩しているせいなのか、随分と叔父上を持ち上げるクリスに相槌を打ってる間に夕食を終え、食後のデザートが運ばれてくる。
そしてそのデザートを運んでくるのは城でワシの世話をしてくれていたアニス、彼女とワシと直接話せる身分でない侍女たちまでワシの引っ越しに合わせこちらへ来てしまったのだ。
「アニスや、本当にこっちに付いて来てよかったのかえ?」
「えぇ、もちろんでございます。旦那様よりお嬢様のお世話をしてほしいと申し付けられておりますし、何より私どもが望んでついて来ておりますので」
「そうかえ、嫌々でなければよいのじゃ。しかしじゃ、この国で奴隷と呼ばれておる獣人に仕えてなんぞ言われんか心配じゃの…」
「それについては心配いらないよセルカ。誰が言い出したかは分からないけど、獣人を奴隷と呼ぶのは差別だということでね、大抵の者は獣人を奴隷だと蔑む者は居ないよ」
意外な言葉に目を丸くすると同時、大抵のという言葉に眉を顰める。
「大抵のに当てはまらないのは、さっき言った貧乏貴族たちだよ。見栄の為にお手伝いとして獣人を雇っているのに奴隷と蔑むとは何とも…とはいえセルカの前でいうことはまず無いだろうね。何せ侯爵令嬢だ、彼らは何よりお金と権力に弱い。陰では心無いことを言うだろうけども…」
「言わせたい奴には言わせておけば良いのじゃ」
ワシがふんっと鼻で笑い虫を払うような仕草をすれば、それを楽しそうに頬杖を突いてクリスがじっと見てくるので何となく恥ずかしくなってプイッとそっぽを向いてしまう。
「それで、学院には制服とかあるのかの?」
「制服? いやそれは高等部にしかないよ、初等部と中等部は普段の格好さ」
学院と聞いて制服があるのではと期待したのだが、ドレスの採寸はあるものの制服の採寸は無かったので分かっていたことではあるが少しだけ肩を落とす。
学院は初等部が一巡り、中等部と高等部が二巡りずつとなっており、その上に最高学部というのがあるらしいのだが、これは所謂研究職に就く者専用の学部らしい。
だがまぁ、高等部になれば制服があると聞けたのだ、それを楽しみにするしかあるまい。
「ところでカルンは、王国の王太子殿下は寮に住むのかの?」
「流石に他国のとは言え王族を寮に入れることは出来ないからね、神王弟殿下所有の屋敷があるからそこに住むことになると思うよ」
「ほほう…」
流石にこの足では気軽い遊びに行けないが、カルンのことだきっと向こうから頻繁にやって来るだろうし大丈夫かとお茶を啜る。
何にせよ王国では学校とは名ばかりの軍事施設だった、だがこれから始まるのは正真正銘の学生生活。
足が動かなくなった時はどうしようかと思ったものだが、うじうじするのも性に合わないし、これからの生活は楽しいものになるだろうと期待に胸を膨らませるのだった…。




