416手間
肌寒かった外とは違い、暖炉の火によってほっとする暖かさの室内に入る。
パタンと背後のテラスへと続く扉が閉められれば、もうそこには外の気配はない。
暖かい部屋の中は、ワシがあまり華美なものを好まないことをしったエヴェリウス侯爵によって落ち着いた雰囲気の家具で統一され、万が一ワシがこけても大丈夫なよう毛足の長い絨毯がしかれている。
そんな客間や居間を兼ねた部屋の中央、どっしりとした紫檀製のテーブルに客用として一脚だけ出された椅子に座るクリス。
彼はワシを見つけると、背後に花でも咲き乱れるんじゃないかと思うほどの笑顔を見せ立ち上げり、毛足の長い絨毯のおかげか足音もなくワシの下へと来ると跪き、何時ものように手の甲へと口づけを落す。
「また今日もセルカに逢えたことを神に感謝します」
「相変わらず大げさじゃのぉ、ここのところ毎日会うておるし。ワシはこの部屋から基本出ぬしのぉ」
懸想している女性に会ったかのような、甘い声音のクリスに苦笑いしながらも、いつまでもこうしている訳にはいかないと彼に着席を促す。
至極残念そうにワシの手を放し、椅子に座り直すクリスにお気に入りのおもちゃを取り上げられた犬を見ている様で、クスリと笑みが漏れてしまう。
ワシもテーブルにつき、車いすを固定され侍女が下がるとクリスに今日は何の用かと尋ねる。
「もちろんセルカと話をしに。エヴェリウス侯爵に、ここへ通う許可をもらっていますしね。とはいえ毎回手ぶらでは格好がつかないので、手土産というにはいささか素朴に過ぎますが外に出れないセルカの為にこれを」
クリスがそういうと部屋に来た時に侍女に先に渡していたのであろう、傍に控えてた一人がコトリとテーブルの上に手土産を乗せる。
それは草花の絵が描かれた両手で包み込める程度の大きさの植木鉢。そこにはエーデルワイスに似たタンポポ程度の大きさの、細長い葉が互い違いに茎からのび白い星を二つ重ねた花弁の上にこれまた小さな筒状の黄色いめしべか何かが一塊になった可愛らしい花が五輪ほど。
もしエーデルワイスと同じなら、確かこの白い花の様な部分は葉っぱで本当の花はこの黄色い筒状のモノだった気がする。
「これは…かわいらしい花じゃのぉ」
「お気に召したようでなにより。これはレギネイという花で、庭を散策してるときに見つけましてこの白い花とセルカの尻尾が重なりまして、庭師に頼んで鉢植えにしてもらったのです」
確かに葉っぱや花の部分は綿毛が密生しており、まるでフェルト細工の花の様にも見える。
「最初は切り花でと思ったのですが、セルカと重なった花を手折るのも忍びなく…。鉢植えの方が長く楽しめるだろうと思いましてね」
「ふふ、ありがとうのう」
クリスにお礼を言いつつ、ワシの尻尾のようだと評された花を優しくちょんと小突く。
「いえいえ、お礼など。その笑顔が貰えれば十分です」
「確かに、今のワシにはろくすっぽ返せるものがないしの」
クリスは気にしてませんよという風に笑うと少し表情を改めて「ところで」と話を変えてきた。
「学院に入学するというのは聞いたのですが、どうやって通学する予定です?」
「どういうことじゃ?」
「学院はこの街にはあるんだけれども、寮に入るのかな? と思ってね」
エヴェリウス侯爵が何もいっていなかったから気にしていなかったが、そうか…今のワシは通学するだけでも色々と問題が出てくるのか。
「う…うぅむ、何も考えておらんかったのぉ。ここから通うのではダメなのかえ?」
「結構距離があるし貴族が歩いて移動するわけにもいかないから、馬車になるけどその足では毎日大変だろう? そこでだ――」
確かに馬車での通学はワシでは無く周りの者が大変そうだ、それに気付き眉根を寄せたところでクリスから提案されたことに、ワシは特に考えることも無くそれは楽そうじゃ! と話に飛びついたのだった…。




