415手間
街を一望できる、すこし肌寒い風が吹くテラスで一人うんうんと唸っている。
性格には一人では無く、車いすを動かしてくれる侍女が居るのだが、アニスの様に自主的にワシに話しかけたり仕事以外の会話が出来る身分ではないらしく実質一人と言っていい。
ワシ自身で車いすが動かせれば、わざわざすぐ傍で彼女ら侍女に控えてもらう必要も無いのだが、この車いすにそんな機能は無いのでワシにはどうしようもない。
そもそも車いすそのものが珍しいことに加え、車いすというものが身体能力を補う道具ではなく、宝石などと同じように富の象徴という捉え方だから機能性というのは二の次になっている…らしい。
というのも一般家庭において足が動かないというのは文字通り致命的であり、非道とも思えるかもしれないが大抵は口減らしの対象になってしまう。
故に車いすを使っているという事は、それだけ家に余裕があり更に自分で動かさず人に動かさせることでそれだけの財があるという証になるから、という話だった。
「うーむ、入学には問題ないレベルらしいのじゃが…」
だがワシがテラスで一人うんうんと唸っているのは、話し相手が居ないからでも車いすが不便だからでもない。
今の状態で如何に法術を上手く操れるか、さらにそれの技術向上の為に肌寒いのを我慢してテラスで一人修行しているのである。
今、ワシが取り組んでいるのは如何に法術の出力を高めるか、ワシの中の莫大なマナを使えば容易ではあるがその殆どは封じられた状態。
一度に使えるマナの量はせいぜい普通より少し多いくらい、この状態で如何に出力を向上させるか。
「入学するにはやはり、度肝を抜かせてやりたいからのぉ」
学院はそもそも、マナの扱いを教えるためのモノ、入学時には法術を問題なく使えればそれで大丈夫なのだ。
法術はよほど不得手かマナの量が生来少ない者でない限り問題なく扱える。
要するに入学資格の建前というだけで、前提としてすら存在していないと言っていい。
だがそれでは面白くない。
「入学する際に実力を見せつけるのは、お約束というやつじゃからのぉ。む? しかし、法術を扱えるかの試験も無いという話じゃから見せつける場所はないのかの?」
一瞬無意味かとも思い首を傾げるが、すぐに足を治すにも封印を解くにも役に立つかと思い直し修行を再開する。
まずは如何に少ない量のマナで大出力を得るか…少ないといってもそれは操れる量であり元自体はそれこそアホのようにある。
要するに樽に開けた栓の穴から、いかに多く水を出すかに悩んでいる訳だ。封印される前は樽を持ち上げて中身をぶちまけていたようなもの。
それを今すれば樽が砕けて大惨事になってしまう。
「圧をかけるのも無理じゃな…量が増やせれば苦労はせぬが、それが出来ぬから悩んでおるわけで……」
一先ず入学まではまだ間がある、根を詰めても良い結果にならないかと前のめりになっていた体を伸ばし空を眺める。
相変わらずの雲が多い空模様であるが、まだしばらく外にいても天気が崩れるということは無いだろう。
そこへ今までワシの独り言が聞こえるか聞こえないかの位置に控えていた侍女が、そっとワシに近寄ってきた。
こういう時は何かしらの用があるときであり、彼女たちにある程度の会話を許される唯一の機会でもある。
何ともめんどくさい身分制度だと肩を竦ませつつも、侍女に目配せで何事かと問いかける。
「お嬢様、お部屋にお客様が」
「ふむ? 誰じゃ?」
「クリストファー様でございます」
「おぉ、そうかえ。それでは通してやっておくれ、それとお茶の準備を頼むのじゃ」
「かしこまりました」
彼女が客が来たことを伝えたのだろう、テラス入り口で立っている侍女にワシに話しかけてきた侍女がワシの言葉を伝えたのか、パタパタと入り口に立っていた侍女が部屋の中に居る侍女にも何事かを伝え部屋の中へと消えていく。
「ふーむ、クリスの奴め丁度良いタイミングで来たのぉ」
ぐっと背伸びして見上げた空は先ほどまでより雲が増え、肌寒さも増してきた。
「崩れそうじゃのぉ、ワシも中に入るのじゃ」
「かしこまりました」
今にも泣きだしそうな空模様、雨に降られてはいけないとワシの傍に戻っていた侍女に伝えれば、手早く車輪止めが外されガラガラと彼女に押され既に部屋に通されたクリスが待っている室内へと戻るのだった…。




