413手間
学院? 良家の出? クリスは一体何を言っているのだろうか?
そうかそうかと一人納得しているクリスに聞いても説明はしてくれないだろうし。とりあえず、半目になってさぁ説明しやがれと視線に乗せてエヴェリウス侯爵をねめつける。
「学院…なるほど、学院であれば足を治す方法も……」
「学院とはなんじゃ、それにそこであれば足が治るとは本当かえ」
だが無言の訴えも虚しくエヴェリウス侯爵も一人納得し呟くだけ。
しかし、その呟きの中に聞き逃せない言葉もあり、思わず声を荒らげてエヴェリウス侯爵と気分だけ詰め寄る。
「学院とは法術や魔法、マナのことを文字通り学ぶ場所です。大抵の者は学院の卒業生という箔付けのために学ぶだけですが、中には学び研究する分野に行く人もおり学院内にも研究施設があるのですよ」
「ほほう、その研究機関であればワシの足を治す方法もあるやもと?」
いわゆる大学院のようなものだろうか? 名前もそのものずばり学院というのだし。
だがそんな事よりも、足が治ると聞いて知らず知らず体が前のめりになってしまう。
「期待させて申し訳ないですが、あくまで…あくまで可能性です。それに学院内での研究は基本部外秘ですから、いくら学院出の私でも研究を見せてもらう事は……」
「むぅ…確かにその通りじゃ」
エヴェリウス侯爵が心底申し訳なさそうな顔で謝るが、研究を秘するのは道理である。
古今東西、この手の研究というのは安全なものばかりではない、むしろ悪用されたら問題のあるモノの方が多いくらいではないのだろうか。
ならば幾ら身内でも外の者には教えないというのは、実に当たり前の危機管理方法だ。
「ふむ、であればやはり学院に入れば良いのではないか? 先ほどの法術の腕前であれば入学に何ら問題はなかろう」
「えぇ…まぁ、そうでしょうね……」
エヴェリウス侯爵がちらりとワシを見て、顔色を青くしている。
クリスに見せた法術を彼は見ていない、であればワシの腕前といって想像したのは魔導器の火の玉を迎撃したあの狐火なのだろう。
「なれば何の問題も無いな。私は可憐な女性と共に学院生活を送れ、セルカは足が治る方法が分かる、実に素晴らしい」
「であればクリストファー様、お勉強なさった方がよろしいのではないでしょうか?」
「ふむ、それもそうであるな」
エヴェリウス侯爵にそういわれ、スックとクリスは椅子から立ち上がるとワシの傍に来て跪き、支える様にワシの手を取ってその甲に口づけを落す。
「それでは私は失礼するよ、また会おう」
にっこりとワシに微笑んでから立ち上がり、そのままクリスはスタスタとテラスを後にする。
「随分と気に入られたようですが何かしました?」
「それはワシが聞きたいくらいじゃ、それともあやつは何時も女性にはあのような態度なのかえ?」
「確かに紳士に相応しいよう女性には優しく振る舞いますが、あそこまでは…」
二人してクリスが出て行った方を見つめながら首を傾げる。
クリスが女性と見ればあのような態度をとるナンパ野郎で無い事にほっとしつつ、恐らくはエヴェリウス侯爵が以前言っていたように、この国で神聖と言われている白をこの身に纏っているからだろうと結論付ける。
「して学院に入るというのは、おぬしから見てどうじゃ?」
「悪くはないと思いますよ」
「しかしじゃ、おぬしらからすればワシは敵。その敵の戦力が元に戻るのは問題ではないのかえ?」
「マナを封じたというだけならば兎も角、捕虜の半身を不随にしてしまったとあらば外聞が悪い。というよりも…私としては王国とは仲良くいきたいのです」
「クリスもそういっておったのぉ…しかし、そういう割にはしっかりと攻め入ってくれておったが?」
「国の者である以上…ということですよ」
上からの命令では致し方ない、そう思えるのもワシが捕まった後、戦闘することなく神国が撤退したからだろう。
双方犠牲者が出なかったのだからワシ一人捕まったのは良かったのだろう、つまりあの戦で余計なことをしたのはあの、デ…デー…デブだけだ。
とりあえずデブがどうなるかよりも今はワシの足の方が重要だ、治る可能性があるならばそれに賭けない理由なぞない。
「して学院に入るには何が必要なのじゃ?
「大前提として法術を問題なく使えるマナ…これは問題ないでしょう、次に学費ですが…私が出すのでこれも問題ありません」
「む? この手のお金は莫大じゃと相場が決まっておるが…」
「もちろん慈善活動では無いのでご安心を、学院の研究員として私も学院に入り足を治す研究をね…細かく解明できれば足だけでなく、他の部位が動かなくなった人の治療にも役立つかもしれないですからねぇ」
「な…なるほどの……」
言ってることは至極立派なのだが、騙る声音がマッドサイエンティストのように弾んでおり思わず片方の口角をヒクヒクさせ苦笑いしてしまう。
「最後は家柄ですが、これが最も厄介で最も簡単です」
「どういことじゃ?」
「貴女をエヴェリウス侯爵家の養女にすればいいのですよ」
エヴェリウス侯爵がそういうとワシに向けて祖父が孫に見せる様な柔和な絵画をする。
大抵の者であれば絆されそうな笑顔だが、ワシはゆっくりと頭を抱えテーブルの上へと突っ伏してしまう。
この世界、ワシを養女にしたがるお偉いさんが多すぎやしないかと突っ伏したまま声なく悶えるのであった…。




