412手間
熱弁を振るいよほど喉が渇いていたのか、クイッと一息にティーカップの中に残っていたお茶をクリスが飲み干す。
ワシもそれに倣いティーカップに手を伸ばすが中身が空だという事に気付きちらりとアニスを見ておかわりを促す。
しかし彼女は「もうしわけありません」と軽くティーポットを持ち上げ中身がないことをアピールする。
無くなるのが早いなと思ったが、当たり前かと考え直す元々ワシ一人で飲む予定だった所にクリスが加わったのだから。
クリスに出したティーカップ自体は何かあった時の予備だったが、お茶自体は予備などない上に元々それほど大きくないティーポットに入っていたのだから早く無くなるのは当然だ。
「すぐに新しいものをお持ちいたします」
「ちと待つのじゃ、このお茶は二番煎じは不味いかの?」
ティーセットを持ってきたのち、そのまま控えていた侍女に指示を出そうとしていたアニスを止め聞いたことがよく分からないのか、アニスが小首を傾げている。
「そう…ですね。味は流石に劣りますがこのお茶はその分、香りが増すと言われております」
「ふむ、ではちとそれをここに置いて欲しいのじゃ」
何でそんなことを聞かれたのかよくわからないといった顔をしたアニスだが、聞かれたことには答えねばとしっかり教えてくれた。
彼女の口ぶりからして二番煎じもダメでは無いのだろうと判断し、テーブルの上をトントンと叩いてアニスが抱えたままのティーポットを降ろさせてその蓋を外す。
何をするのだろうと、アニスだけでなくクリスも興味深げに覗き込んでくることに得意げにふふんと鼻を鳴らすとティーポットの上にかざした手の平から、零れ落ちる様に法術で創り出したお湯を注いでいく。
その様子にアニスとクリスはそろって驚いた顔をしているが、アニスは何でどうしてと若干困惑したような顔、逆にクリスは純粋に感心している顔だ。
「お嬢様は、マナを封じられていたのでは…?」
「うむ、封じられておる。じゃから今はこれで精一杯じゃのぉ…本当ならこのティーポットなぞ一瞬、いやこのテラスですら一瞬で満杯に出来るからの」
「すごい! セルカはすごいな! こんな見事な法術は初めて見た、だが大丈夫なのか? マナを使うと疲れると聞くのだが?」
「この程度は使ったうちにも入らぬ、それよりも法術を知っておるのじゃな? っとこのくらいで後は待つかの」
ティーポットがいっぱいにならないうちに法術の発動を止め、耳慣れぬよく知っている言葉をクリスが口にしたので問うてみたクリスにティーポットから視線を移せば、当然だろうという顔でワシを見ていた。
「確かに学院に入らねば教えてもらわぬことだろうが、今の様な小規模のものを法術、魔導器を使う大規模なものを魔法というのだ」
「ほほう……」
歯の浮くようなセリフととろけるような笑みとは違う、実に楽しそうなそして自信満々なドヤ顔というギャップに胸に何本も矢が突き刺さるような思いだ。
ワシが一人悶えているとカツカツと靴の音を軽快に響かせて、また一人テラスへと誰かがやって来た。
「まだこちらでしたか…」
「む、エヴェリウス侯爵か。もう診察の時間かえ?」
「そうですが…簡単なものですのでこちらで済ませてしまいましょう」
部屋に戻らなければならないのかとワシが少し気落ちしたのを見抜いたのか、エヴェリウス侯爵がにっこりと笑いここで済ませるといってくれた。
「それでは失礼して……この感触を覚えてくださいね?」
「うむ」
エヴェリウス侯爵はワシの前まで来るとまたあの奇妙なサングラスをすると、指揮棒のようなものの先にどんぐり型の木が付いたモノを取り出してまずワシの腕をトントンとそれで軽くたたいてこれを覚えろといってきた。
そのままエヴェリウス侯爵はワシの右太もも、右ふくらはぎ、右足首と同じようにトントンと叩き左もまた同じようにトントンと叩いていった。
「腕と足、感触に違いはありますか? それと足でも場所によって感じ方はどうでしたか?」
「うーむ、足の方は腕に比べて叩かれておるかよくわからんかったのぉ、それに足はどこも同じようなものじゃった」
ワシがそう答えるとエヴェリウス侯爵は「うーん」と唸り声をあげ右左とワシのふくらはぎ辺りを軽く触って来る。
「やはり症状は他の人と同じですが…多少冷えてはいるもの血色もいいしマナの量も問題ない……」
「エヴェリウス侯爵、セルカはどの様な病気なのだ?」
「あぁこれはクリストファー様、挨拶が遅れて申し訳ございません」
「いやいい、それよりもセルカは」
言ってもいいか? ということなのだろうか、ワシをちらりとエヴェリウス侯爵が見るので、教えてもいいという意味を込めて頷いてやる。
「彼女の病気…というのは少々語弊がありますが、症状自体は足にマナが行かなくなり動かなくなる病気と全く一緒です」
「動かなくなるだけなのか?」
「いえ、マナは生きる上で必要不可欠。それが行きわたらなくなるという事は首を絞められているも同然です、本来ですと足は腐り落ち放置していると他の大丈夫な場所まで腐りはじめ死に至ります」
エヴェリウス侯爵の説明に、クリスは分かりやすいほど言葉を失いこれでもかというほど目を見開いて驚いている。
ワシもそんなこと初耳なのでギョッとしてエヴェリウス侯爵をねめつける。
「せ…セルカを助ける術はないのか!?」
「本来であれば腐り落ちる前に足を切り落とすのですが、彼女の場合は元来のマナが多いのでしょう…よほどのことが無い限りはその心配はないかと」
「そ…そうか……」
ほっと息を吐くクリスと合わせるかのように、ワシも同じようにほっと息を吐く。
「それを聞いて安心した、しかしそれほどのマナを持ち、既に法術を使えるのだ。彼女も次の巡りから学院に通うのか?」
「学院?」
「うむ、獣人ではあるが名のある名家の出であろう? セルカの様な可憐な女性と共に通えるのであれば、これほど心躍ることもあるまい」
熱弁を振るっていた時と今どちらが素なのか、またとろけるような笑みの王子様然とした表情でワシに微笑みかけてくるクリスと、どうしたものかと困り顔のエヴェリウス侯爵の顔を一体全体どういうことだと交互に見やるのだった…。




