411手間
テラスから見える景色は、アニスがまずここを勧めるのも納得の絶景で一時目の前の王子様を忘れる程に目を奪われる。
テラスから真っすぐ水平に外を眺めれば、起伏豊かな青々と萌ゆる草原に、空を映しこんだ針葉樹の隙間から見えるエメラルドグリーンの湖。
更にその向こうには湖にも映り込んだ薄く雪化粧し空色に染まった雄大な山々、これに目を奪われるなと言われる方が難しいだろう。
「ここからの景色を気に入ってもらえたようで何より。このテラスは城を改装するさいに追加されたものらしくてね、よくできたもので椅子に座ればよほど背の高い者でもない限り街並みが見えないように設計されているらしい」
「ほほぅ、詳しいのぉおぬしはエヴェリウス侯爵の子か何かかの?」
ワシが景色を眺めていると、随分と誇らしげにクリスが言うものだから視線をクリスへ戻しそう問えば、彼は眉尻を下げ困ったような顔をして「違うよ」と首を振る。
であれば、ここの主は医者だ、医者のもとに来るものといえば…今度はワシが眉尻を下げ「すまぬ」と謝る。
「あぁ、謝らないで、病がという訳でもはないよ。ここには、げ……」
「げ?」
変なところでしまったという顔をしてクリスが言いよどんだので、こてんと首を傾げ思わず言いよどんだところをオウム返しのように呟いてしまった。
すると何がクリスの琴線に触ったのか、しまったという顔から途端とろけるような笑みへと変わる。
「厳格な…そう厳格な父と……何といえばいいのだろうか、喧嘩してね。君は……」
「ワシは…」
君はどうしてここにと続けようとしたのだろう。途中で気づき言葉を切ったがワシもその言葉でうまく動かぬ足を思い出し、知らず知らずのうちに耳がぺしょんと垂れてしまう。
「すまない。君がテラスに来た時点で気付き口を噤むべきだった…軽率な私を許して欲しい。しかし、私は謝るべき君の名を知らない……もし謝ることを許してくれるなら名を教えてくれないか?」
ワシが膝に目を落した隙に近づいてきたのか、ワシのすぐ傍で跪いたクリスがワシの手を両手で包み込むように優しく握り、告解する者の様に沈痛な表情でまっすぐワシを見つめてくる。
「わ…ワシの名はセルカじゃ、それに許すも何もこの程度の事で気を悪くなどせんから、おぬしは気にせぬことじゃ…」
「あぁ…セルカありがとう。セルカ…可憐な君に相応しい良い名だ……」
パッと花咲く笑顔で嬉しそうにしたかと思えば、蜂蜜漬けの砂糖でも舐めてるかの様な甘ったるい声でワシの名を呼ぶものだから、気恥ずかしさから思わずプイッと目をそらしてしまう。
今まであった男性の誰とも違う対応になんじゃこれと叫びたくなるのを我慢して、視線を外し言葉を探して居るところにガラガラと音を立て救世主が現れた。
「お嬢様、お茶の準備が出来ましたので」
「お…おぉ、そうかえ。そうじゃそうじゃ、おぬ……クリスも一緒にどうじゃ?」
「えぇ、是非に。セルカの様な可憐な女性からのお誘いを断れる男など居ましょうか」
早口でまくしたて、おぬしと言いかけたところでまだ握られていた手をぎゅっと握りしめられて、ニコリとクリスがするものだから何とか顔が引きつるのを我慢しつつクリスと呼びかける。
それにしてもよくこれだけ臆面も無く女性を褒め称える言葉を言えるものだ、随分と手慣れているし会う女性会う女性にこういっているのかと思うとちょっとイラッとする。
だがまぁ誉めそやされて悪い気はしないので、そこらを突っつくのはやめておいてやろう。
ワシがもごもごとしている内にワシの手を握っていたクリスの手は離れ、再度先ほどまで座っていた椅子へと優雅に着席していた。
そうこうしてる間にテキパキとアニスを初め、ティーセットとお菓子を載せたワゴンを運んできた侍女がテーブルの上に白いクロスを乗せてお茶の用意を進めていく。
「招待を受けてこういうのも何だけれども、いいのかい? 私が一緒ではセルカの分が少なくなるだろう?」
「なに、ワシは小食じゃからの。それに人の前でこれ見よがしに食べる様な趣味は持ち合わせておらんからのぉ…それにしてもおぬ、クリスといいエヴェリウス侯爵といいアニスといい獣人に対して含んだところは無さそうな者ばかりじゃのぁ。ワシの聞いたヒューマン至上主義の者たちというのは古い話じゃったのかえ?」
「いや、古い話ではないよ。今でも大抵の貴族は獣人を奴隷としてみなしているよ、彼ら自身の身の回りの世話をさせているのにね。実は私が父と喧嘩したというのも獣人の扱いも含めてでね、父は敬虔な神王教の者だから特にね。まぁ、他の貴族たちのように侮蔑の対象としてないだけマシなんだろうけど」
「ほほう、なるほどのぉ…クリスは奴隷をどうしたいのじゃ?」
「もちろん彼らの地位向上を…といってもすぐに変わるわけが無いだろう、彼らのお蔭で助かっている人たちも多い。むしろ獣人に感謝してる人の方が多いかもしれない、そういう人たちの声が少しずつ大きくなれば必ずや変わるだろう。その為にもまずは王国と仲良くしてもらいたいところだよ…」
鼻息荒く夢を語るクリスは実に生き生きとしてて見ていて気持ちがいい、しかしそんな風に語る自分に気付いたからか恥ずかしそうに斜め下へ俯いて、誤魔化すように淹れられたお茶を啜る。
「確かに戦などアホなことはさっさと止めて欲しいものじゃな」
「その通りだ、我が国にそれほどの余力は無いというに…。豊かな土地が欲しいという気持ちは分からないでもない、だがまずは自国の魔物をどうにかすべきだろう。一部でもいい、魔物が根城としている平地から駆逐して、そこを開拓したほうが我が国の為にもなるというのに」
その後もワシがふんふんと興味深そうに聞くのが嬉しいのか、クリスはポットのお茶が無くなるまで実に楽しそうに熱弁をふるい続けたのだった…。




