410手間
テラスの縁に肘でも乗せて外を眺めているのだろうか、猫の様なともすれば寝ぐせにも見えるプラチナブロンドのくせ毛を、耳がしっかり出るショートヘアの者がすこし腰を曲げて物憂げに立っている仕草は絵画のようだ。
ギリギリ晴れといえるくらいの雲の量なのだけが残念だが、それはそれでなかなか味のある風景だ。
テラスへ続く扉は静かに開けられたので、先客はまだこちらに気付かずに絵画の登場人物を続けている。
何か考え事をしているのなら邪魔をするのも悪いと、引き返そうとアニスに言おうとくるりと振り返るが時すでに遅し、アニスは一歩踏み出してガラリと車いすの車輪が音を立ててしまった。
すると流石にこちらに気付いたのかゆるりとワシらの方に振り返り、テラスに人が来ると思っていなかったのか少し驚いた顔をしていたが、すぐにとろけるような笑みを向けてきた。
「邪魔をしてしもうたかの?」
「いえいえそんな邪魔だなんて…こんな美しいお嬢さんを邪魔だと追い返してしまったら、私はあらゆる場所で人を邪魔だと追い返さねばならなくなってしまいますよ」
ガラガラと車いすで近づくワシに生娘であれば黄色い悲鳴を上げそうな、とろけるような笑みに歯の浮くようなセリフ。
肩をすくめるように言えば少し垂れ気味のカナリア色の瞳を細めてニコリとする、ワシですら思わずドキリとしてしまうほどの破壊力。
喉仏もあるし肩幅もある、見るからに男ではあるが顔のラインは女性的でまさに物語に出てくる王子様そのもの。
もう少し髪の毛が長い方が似合う気もするが、それだとくせ毛で酷いことになるのかななどと詮無いことを考える。
カルンは正真正銘の王子様であるが、カルンとは違う毛色の…カルンが武闘会の王子様なら彼は舞踏会の王子様。
実に甲乙つけがたい…ではない、彼は誰なのだろうかと小首を傾げていると、いつの間にか目の前まで来ていた王子様に右手を下から支える様に取られ、右手の甲に口づけを落された。
「初めましてお嬢さん。私に貴女に名前を憶えてもらう栄誉を与えて頂けますでしょうか?」
「う、うむ」
手を取られたまま蜜菓子のような甘い声音に合わせ、またもニコリと微笑まれる。
今まであった男性の誰とも違う対応に軽くパニックとなり、声が裏返らなかっただけマシと言えるような情けない一言しか出てこなかった。
「それでは…私はクリストファー、本来はもっと長い名前があるのですがあまり好きでは無いので、よろしければどうぞ気軽にクリスとお呼びください」
「クリス…クリスの……」
「はい」
ワシが確かめる様に名を口にすると、まるで親に褒められた子供のようにぱっと花が咲くような笑顔をワシへと向けてくる。
胸の下をキュッと締め付けられるようなこの感覚は、久々に母性本能をくすぐられたのだろうか…。
立ち話なんだし…といってもワシは最初から座っているのだが、テラスに備え付けの椅子とテーブルに向かうとクリスは実に慣れた様子で椅子を引く。
だが、ワシが車いすに座っているというのを思い出したのか今気付いたのか、申し訳なさそうな照れたような顔で頭をかく仕草が何ともかわいらしい。
車いすが勝手に動かぬ様に車輪止めを使い固定するとクリスも椅子に座りニコニコとしているが、彼に悪いがワシはテラスからの眺めに目を奪われしばし言葉を忘れ景色を堪能するのだった…。




