409手間
車いすに座り外に出る、それだけなのに以前のことを思い出して知らず知らず身を固くする。
しかし、そんな懸念など馬鹿らしいとばかりに一切の不快感を感じることなく扉を潜ることが出来た。
部屋を出てまず感じるのが若干の肌寒さ、そして目に入ったのはフルプレートアーマーを身にまとい両刃の斧の様なものが付いたハルバードを持った二人組の姿。
思わずギョッとしてしまったが二人組は動じた様子が無い、それを不思議に思いよくよく見れば足下に鎧を支えるスタンドの様なものがあり、この二人組はどうやら置物のようだ。
「立派な鎧じゃのぉ」
「これは昔の騎士様の格好でして、この上に猊下より下賜されましたサーコートを羽織るのが殿方の憧れだそうです。現在はこれほど重い鎧は着こまないそうですが、サーコートはまだ続いてるそうで旦那様も猊下より直接下賜されたそうですよ」
「ほほう、そういえば初めて見た時は確かにそんなものを着ておったのぉ」
確かにエヴェリウス侯爵は使者として来た時に、ずいぶん立派なサーコートを着てたように思う。
その後見た兵士たちも似たようなものを着ていたが、そこまで華美でなくこの辺りは寒いと言っていたし今思えば防寒用だったのだろう。
アニスの話を聞きながらしげしげと鎧を眺めていると、その片方が不意にぺこりとお辞儀をし動き始めた。
「ふえっ!」
「ふふっ。堂々と見張りが立っていると見栄えが悪いですからね、このように置物に紛れて生身の者が警備しているのですよ」
思わず裏返った声を上げてしまったワシに、アニスがまるで悪戯が成功した子供みたいに楽しげな様子で説明してくれた。
気恥ずかしさからきょろきょろと周りを見れば、ハルバードを掲げ振り回しても大丈夫な広さの廊下。
壁と天井はワシが居た部屋と同様のマーブル模様の石材で覆われ、床は耐久性重視の為か灰色の石材でその上に毛足の短い金糸で縁取られた真っ赤な絨毯がひかれている。
廊下には一切の窓が無く、等間隔に壁から張り出した柱に付けられたランプが廊下を煌々と照らしている。
一通り、ワシが周囲を確認したあたりでアニスが車いすを押し始めると、ガチャガチャと鎧を鳴らし警備の者が付いて来る、恐らくは彼? がアニスの言っていた護衛なのだろう。
ガチャガチャと鎧が鳴る音と、絨毯のおかげか少しくぐもったゴロゴロと鳴る車いすの車輪以外、冷えた空気も相まってシンと静まり返った廊下には窓の代わりか色鮮やかな絵画や高そうな壺。
他には飾り棚には儀礼用の杖や剣などが飾られており、まさにお城廊下と言い表すしかない。
「立派なお城じゃのぉ…」
「このお城は元々戦続きの頃に城砦として建てられたもので、その後領地を治める居城とするために改装されたものなのです。ですので一階と二階部分には窓が無いのですよ」
「ほほう、そうじゃったのか。それにしても詳しいんじゃのぉ」
ふんふんと興味深そうに頷いてはいるものの、実はそこまで興味はない…ワシですらそうなのだから大抵の女性は砦がーだとかには欠片も惹かれない様な気がするのだが。
「殿方はこの手の話が好きですからね」
「なるほどの」
さんざん殿方に聞かされたのか、それとも殿方のために覚えたのかは声音からは判断が付かないが、ピシャリとアニスがそのことに関しては口を閉じたのでこれ以上は追及しないようにしよう。
扉が閉まっていたので中は窺い知れないが、いくつもの部屋の前を通り過ぎ階段がある吹き抜けのホールへとたどり着いた。
「む、そういえば二階へはどうやって移動するのじゃ?」
「ご心配には及びません。お嬢様、少々失礼します」
そういってアニスはワシのひざ下と背中に手を回し、いわゆるお姫様抱っこでワシを抱え上げる。
ワシはこれでいいとして、車いすはどうするのだろうとそちらを見れば、護衛の者がハルバードを階段脇にあった様々な長物の武器が立て掛けられた武器棚へと置いて車いすを持ち上げ付いて来ている。
そのままアニスに抱えられて二階へ上り護衛の者は車いすを降ろすと一階と同様に階段脇にある武器棚から、今度はコルセスカと呼ばれる三又の槍を取り出す姿を不思議そうに眺める。
ワシを車いすに座らせたアニスは、ワシが不思議そうに見ていたのに気付いたのか護衛の行動の意味を一階と同じような廊下を進みつつ教えてくれた。
「このお城では、不審者が見張りの者に紛れても分かるように日によって各階の見張りが持つ武器を変えているのです。持つ武器は私ども侍女にも知らされておりませんし、彼らもその日の朝議にて初めて聞き及ぶそうです」
「それは賢いのぉ」
顔を出していれば誰何は簡単だが、何せ彼らはフルプレートアーマー顔は見えない。
なれば見えるところで判断しようという訳か、というかそんなことをしなければいけない程ここは危ないのだろうか。
「とはいえ。私がここにお勤めするようになる随分と前から、その様な者は来ていないとのことですけれどね」
「そうじゃったか」
そんな考えが顔に出ていたのか、思い出したかのようにアニスがそう話に付け加えた。
その後も中々に博識なアニスによって、この絵はどうのだのと説明してもらいながらゆっくり進んでいればようやく目的地のテラスへとたどり着いた。
両開きの扉が開けられた先はテラスと言っていたからもっとこぢんまりしたものを想像していたのだが、実際は人を集めてパーティでも開けそうなほどの広さ。
ここに来るまでにランプの油を継ぎ足したり、掃除をしている侍女以外すれ違わなかったこともあり先客など居ないだろうと思っていた。
しかし、その予想に反し少しだけ寒さを感じる冷たい風が吹く先に、たそがれる様にテラスの縁に佇む者が一人立っているのだった…。




