408手間
パチパチと泥炭がはぜる音を聞きながら、今後のことについて考える。
文字通り自由に動けない以上は、ワシにこの状況を変える術は今のところない。
なのでワシがするべきは、この身にかけられた封印とも呼べるものをどうにかする事だろう。
「ふーむ、どうするかのぉ」
「では、このお色などはどうでしょうか?」
「む? ただの独り言じゃったのじゃが…そうじゃの、せっかくじゃから次はそれにするかのぉ」
考えるといっても一人で悶々とするのも性に合わない、なのでアニスに何かよい手慰みは無いかと聞いたところ刺繍はどうかと提案された。
そこで物語に出てくる老婆よろしく暖炉の前で安楽椅子の代わりに車いすへ座り、チクチクと刺繍を施しながら考えていたのだがどうやらそれが口から漏れていたようだ。
さっとアニスが差し出してきたのは淡い撫子色の糸、この国でも好まれるのは草木の意趣らしい。
次はこれで花の刺繍を入れるかと、それを受け取り手早く針に糸を通すとまたチクチクと手を動かす。
刺繍をしている間は邪魔をしてはいけないというのがマナーらしいので、口をつぐんだアニスを尻目にまた思考を自分の事へと引き戻す。
とりあえず無理矢理この封印を破壊するのは無し、ワシ自身にどういう悪影響があるか分からないがそれ以上に周囲への悪影響がすさまじい。
破壊した際に漏れ出たマナだけで、ここがどれほどの規模の都市かは分からないが大してマナに耐性の無い者であれば、住人その殆どに対して致死となるだろう。
それほどまでにワシの身の内にあるマナは莫大、普段はその大半を体の強化に使っていたので問題は無かったのだが、今はそれが封印の内側に溜まる一方の状況なのだ。
とはいえ、現状出来る方法はただ一つ…ガス抜きをしつつ封印を少しずつ削り取る他はない。
だが問題はこのガス抜きで出たマナと削ったマナの消費先、何もしなければいつぞやのカルンの様に周囲の者を巻き込んでしまう。
以前の様に身体強化に回せればよかったのだが、どういう理屈かそうすると使おうとしたマナは封印へと逆戻りしてしまうのだ。
「お嬢様、あまり根を詰めるのも…」
「ん? うむ、そうじゃのぉ…」
邪魔をするのはマナー違反だが、やり過ぎを諫めるのはありという事だろう。
おずおずと言ってきたアニスの言葉でふと手元を見れば、何時の間にやら刺繍布一面は撫子色の花畑と化していた。
ほんの少し考え込んでいたと思っていたのはワシだけのようで、実際はかなり長時間悩んでいたらしい。
今のところ良い解決方法も思いつかず、焦っても良いことは無いと身をもって知った直後だ、気分転換したほうがいいだろうと良い気分転換は無いかとアニスに聞いてみる。
「それでしたら、お城の中をお散歩するのは如何でしょうか? 護衛の者がついてきますので多少仰々しいものとなってしまいますが、お部屋に閉じこもるのもあまりよくないと旦那様も仰っておりましたし」
「ふむ、ではそうするかのぉ」
「かしこまりました。それでは準備を致しますので、少々お待ちください」
にっこりと微笑んでから、パタパタと部屋に備え付けのクローゼットにアニスが取りにいったのは、牛の様に大きな羊? 羊の様な牛? からとれた羊毛から作った毛糸製のケープとひざ掛け。
「お城の中とはいえ、部屋の外はお寒いのでこちらをお使いください」
「うむ」
アニスはケープをワシの肩にかけ挟まったワシの髪の毛をかき出してから、手早くひざ掛けをワシの上に置く。
ワシが着ている紺碧のワンピースに、もこもことした生成り色のケープとひざ掛けが雲の様でなんともかわいらしい。
そんな上機嫌さが漏れてたのだろう、アニスも笑みを深めるとワシが刺繍をしている間に無駄に車いすが動かないよう車輪に噛ませていた楔形の車輪止めを外す。
「それでは、どちらに向かいましょうか?」
「うーむ、何があるかワシは知らんしのぉ」
「そうでした…それでは本日は晴れておりますしテラスなど如何でしょうか? 街が一望でき、とても眺めが良いのでそこでお茶など如何でしょうか?」
「おぉ、それは良いのぉ」
アニスは部屋の入り口に控えていた侍女にお茶の準備を指示すると、「失礼します」といって背後にまわりワシの乗る車いすを押し始める。
自分の足で移動できないというのは中々辛いものがあるが、何時までもふさぎ込んでも仕方がない。
それにこうやって人に移動させてもらうのは、これはこれで気分が良いものだと呑気に頬を緩めるのだった…。




