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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで…?
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403手間

 突如かけられた声の先、立っていた老紳士の姿を見て思わず中指と親指でこめかみを挟むようにして額を押さえる。


「お嬢様ご気分が?」


「いや、確かに頭が痛いのじゃが、これはアレじゃ比喩的なアレじゃ…」


 アニスが心配そうに覗き込んでくるのを手で制し、はぁ…とため息をついて老紳士へと向き直る。


「おぬしがここに居るということは…ここは王国ではなく…」


「そう。ここは聖ヴェルギリウス神国、猊下より賜った我が居城、我らが領地にございます、お嬢様?」


 老紳士が舞台役者のような大仰な仕草で朗々と謳いあげながらワシに近づき、これまた実にキザったらしい仕草でワシの目前で礼をする。

 そんな姿に、ワシは両手で頭を抱えて再度ため息をつく。


「ワシを助け出したなら、いの一番に来そうなものが飛んでこんからおかしいとは思っておったのじゃが……」


「まさか敵に捕らわれているのに、この様な厚遇を受けているとは思わなかったと?」


「うむ…」


 確かに、虜囚とはいえ相手が身分の高い者と知っていれば、それなりに待遇は良くなろうがこれほどの待遇はどう考えても味方に対するそれである。

 頭を抱えても仕方ないと顔を上げれば、老紳士はワシを覗き込みながらも思案顔。


「それにしても。見ず知らずの者に傅かれても尻込みするどころか、当たり前に受け取る辺り身分が高い者と思われるのに。出された料理を疑いもせず食べるというのは実に、何と言いましょう矛盾しているというか」


「なんじゃ、そんなこと考えておったのかえ」


 そこでニヤリと悪戯心が鎌首をもたげる、偽りとはいえ対外的にはそれが真実なのだ喋っても何ら問題ないだろうし、相手の度肝を抜かせるだろう。


「我が国の王太子は知っとるかの?」


「確か…カルンだったかな? 側室含めれば一番下の、正妃腹で考えれば唯一の男子」


「王太子を呼び捨てなぞ不敬じゃ! といいたいところじゃが…食事のうまさに免じて目をつぶってやるのじゃ」


「それで…何が言いたいのかなお嬢様?」


「ワシはその王太子の婚約者じゃ!」


 ババーンとでも音が付きそうなほどのドヤ顔で胸を張って言ってやれば、目の前の老紳士は目を丸くして驚いている。

 その表情に胸がすく思いと共に、これでワシに下手に手出しすることは出来なくなっただろうと口角を上げる。

 もちろん、その話を本当だと信じてくれればであるが…。


「あぁ…王太子の婚約者は獣人だとは聞き及んでましたが、容姿までは情報が入ってきてませんでしたねぇ……」


「ふふん、では国にワシを還すがよい。今であれば食事の礼じゃ、余計な手出しはさせぬよう口添えすると約束してやろうなのじゃ」


「いえ、流石にそれは…猊下にご判断を仰がねば」


「ふむ、それもそうじゃな」


 途端、老紳士は難しい顔をして眉間に皺を寄せ考えているがある意味当然ではあるか、臣下であるなら勝手な行動は身を滅ぼすだけ。

 しかし、難しい顔をしてたのもわずかな間、すぐに今度は興味津々といった顔でワシに話しかけてきた。


「それならば尚の事、食事などの毒に気を付けそうなものなのだが?」


「簡単に言えばじゃ、ワシに毒の類は聞かぬからの…」


「なるほど…それで……」


 何か納得したような顔をしたので、どういう事じゃと問い詰める。


「あぁ、ご心配なく。毒を盛ってなどということではございませんよ。ここまでお連れする道中、随分と苦しそうだったので麻酔……分かりますかね麻酔、要は痛みなどを麻痺させる毒ですね。それを使ったのですが効いた様子が無かったので」


「なるほどのぉ…ふぅむ、毒が効かぬは良い事ばかりとは限らぬということかのぉ」


 ワシが王太子の婚約者と知ったからだろうか、柔らかかった物腰がさらに慇懃なものとなっている。


「それにしてもじゃ。ワシはおぬしらの敵じゃ、なのに随分と対応が…ぬるいというかのぉ」


「それも簡単な事、女性には優しくが我が一族の家訓ですから」


「そうかえ…」


 にっこりと笑う姿はまさしく紳士、当然ながらワシも手荒く扱われたいわけではないので、その家訓を大いに支持したい。

 老紳士は、さてとというと今度は実に真剣な表情へと切り替わる。


「彼女から聞いただろうが、私は医者でね。だから聞くが体調の方はどうかね、倒れたのがどういう理由かが未ださっぱりでねぇ…何かあればいって欲しいのだが」


「おぉ、そうじゃ。アレはどういうことじゃ? ワシには毒だけでなく、あらゆる契約なども無効化するはずなのじゃが」


「契約も…? まぁ今は良いか、あれはただの整備用の杖だよ」


「整備用? おぬしは医者ではなかったのかえ?」


「医者だよ、私はマナがよく見えるのでね。マナで動いている、その点に関しては人も魔導器も同じという事だよ。だから整備士のまねごとの様なこともしているという訳さ」


 まぁ、確かにそうなのだが…理屈としてはおかしくないだろうか。


「あの杖は魔導器の暴走を抑える物でね、使うにはしっかりと暴走寸前のマナを捉えなくてはいけない、だからこそマナが見える私が持っていたという訳だ」


「あぁ、なるほどそういう訳かえ。それでワシにどうやってあんなことをしたのかの?」


「人に対して使っても何の害も効果も無いはずなんだがね、暴走するマナを利用してマナを抑え込む堤を作る効果があるのだよ。あの魔導器はマナを増幅し蓄える物だ、増幅部分が何らかの弾みで溜めているマナを利用し無制限に増幅させてしまう。それが暴走だ、それを抑える堤をね」


「それは暴走というよりも永久機関と言うものではないかの?」


「おぉ…まさか女性の口から永久機関などと聞こうとは…さすが他国とはいえ王太子の婚約者は博識だ、確かに扱えれば最高なのだが…如何せん魔導器自体がそれに耐えられない、だから――」


 こっちでもこういう輩のことを理系というのだろうか…。

 長々と解説し考察を放し始めた老紳士に、ワシは体調不良とは別の理由でぐったりとするのだった…。

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