399手間
跳んでる最中に見つけた指揮官らしき男の近くまで『縮地』で跳び、くるりと一回転してからダンッと目の前に片膝を折る形で着地する。
すると流石に指揮官の傍に侍る兵は優秀なのだろう、男の後ろに立っていた兵が男を庇うように前に出て即座に剣を抜き斬りかかってきた。
「問答無用とは乱暴じゃのぉ」
「がっ!」
上段から振り下ろされる剣を魔手で虫を追い払うかのように払い、兵の腹に蹴りを入れて吹き飛ばす。
文字通りの敵陣ど真ん中、即座に剣を構えた兵に囲まれるが何てこと無い風に兵が吹き飛ばされたことに警戒しているのか、ジリジリと軍靴を地面に擦り付けるばかりで踏み込んでくる気配はない。
その様子に別段構える必要は無いだろうと、辺りを一瞥してから目の前の男に話しかける。
「おぬしがこの軍の…っとおぬしは使者の」
「君がここに居ると言うことは、我が軍の前衛は破られたのかね?」
サーコートと鎧を脱いでるのですぐに気づかなかったが、ワシが指揮官だろうと当たりを付けた男は王国側に使者として来たあの老紳士だった。
その老紳士が額に手を当てやれやれと頭を振っているが、確かに陣中まで敵が来てたら誰でもそう思ってしまうだろう。
「いや、まだ当たってすらおらぬはずじゃ」
「どういうことだ?」
「ひょいひょいと跳び越してきただけじゃよ、指揮官を落せば終わるのがこの戦じゃろう?」
「兵は…灌木では無いのだがね? しかしまたなぜ単騎でここまで来ようと、例えここで私の首を落そうと君まで死ぬのではないかな? それともその異形の腕でどうにかするのかね?」
いつの間にか何重にもワシを囲んでいた兵士を両手を広げ、大仰な身振りを加え老紳士が指し示す。
「ふーむ、ワシも野盗などを斬ってきた手前、人殺しが嫌じゃなどとは言わぬが…。虐殺というのは流石に良心が咎めるのでのぉ……大人しく降伏してはくれんかの?」
「舐めるなぁぁぁあぁ!!」
自分たちを、モノの数にも入れていないワシの言葉に激昂した兵士の一人が斬りかかって来る。
その剣を左手で受け止めそのまま握りへし折ると兵は先ほどまでの威勢は何処へやら、へたりと地面に座り込み必死に手足を動かして後ろへと逃げている。
「見ての通りじゃ、なまくらではワシに傷一つ付けることは不可能。あの剣の様には誰もなりたくはないじゃろう?」
老紳士以外、皆後じさりワシを囲む輪が広がる。
「要求は何でしょうかね? わざわざ一人でここまできて私の首を欲しがるのだ、それなりのモノでしょう?」
老紳士も後じさってはいないものの、逆転の目は無いと諦めているのか肩をすくめて聞いてくる。
周りの兵も何とか剣を構えているだけ、ワシに斬りかかろうという気概を感じる者は一人もいないので魔手を引っ込め、右手を顎に左手に右ひじを乗せ、さて何といえば良いかと考える。
「要求自体は国王がするからワシには何とも。ワシからあるとすればそうじゃな、おぬしらが何と呼んでおるかはしらぬがあの馬車の様に大きな魔導器、あれの研究資料なども含めて技術全ての破棄じゃ!」
「なっ!」
ワシの要求にさしもの老紳士も目を見開き驚いている、周りの兵たいもすべて破棄という言葉には驚いているようだがそこまで深刻そうな気配はない。
「それは……」
「あのようなモノ、在ってはならぬモノじゃ。その危険性おぬしも分からぬ訳ではなかろう?」
「えぇ、アレが普及すれば戦は変わるでしょうね」
「じゃろう?」
「ですが、それが何か? 我らが悲願の為、力は必要。何よりも! 我らが従うは我らが神にのみ!」
突如、断罪だとでも言わんばかりの叫びを口にする老紳士がワシに向け杖を突きつけてきた。
木製の頭が丸く膨らんだその先には魔石が付いており、老紳士のマナに反応しているので魔法でも使うつもりかとその頭を右の手のひらで抑える。
その瞬間、体の中全てのモノが揺さぶられるかのような不快感と共にぐにゃりと視界が歪む。
フラフラと体を揺らしながら、何かしたであろう老紳士をゆがんだ視界で見上げれば、その老紳士も心底驚いたとばかりの表情を見せていた。
「賭けにもならぬ最後の足掻きと思っていましたが…これは……どういうことだ?」
「ぐぅぅ、きさま何をしたのじゃ」
「さて申し訳ありません、私にも何が何やら…。その顔、相当お辛いでしょうが少々我慢して頂けますかな?」
「なにをすっ――」
本当に申し訳なさそうな顔で老紳士はワシに再度杖を押し当て、ぐわんと揺れた何かに遂に堪らず地面へと倒れる。
「ここで――にも―り―――、す―にひ――――し―う」
何事かを老紳士がしゃべっているが、途切れ途切れにしか聞こえない。
ぐっと老紳士を掴もうと伸ばしたワシの手は視界の端で力なく地面に落ち、ワシの意識もそこでふつと途切れるのだった…。
「




