398手間
猛然と神国の陣へと駆けていると最前列の兵たちが石突を地面に突きさすような長い槍を構え、文字通りの槍衾を形成しているのが見えた。
「ワシは馬では無いのじゃがのぉ…」
ふぅ、と呟きペロリと上唇を舐め、地面をガリガリと削りながら槍が届かない距離よりも少し手前で急制動をかける。
完全に止まる直前、滑りながら目の前に四つの横並びの狐火を出現させ、狐火を左から右へと右手でなぞるようにカッコつけながら、四つ別々の方向へ槍衾の兵たちの眼前まで飛ばす。
目の前に飛んできた蒼い炎、それが先ほど上空で爆発を起こしたモノと似ていると気付いたのであろう一部の兵たちが、ギョッとしたような絶望したような表情を見せている。
事態を把握していない兵や、神に祈りそうな顔をした兵、彼らを消し去るように狐火が膨らみ破裂する。
狐火の破裂に乗じ恐慌状態の兵の上を、槍の大波を飛び越える。
「骨を折るくらいは勘弁してほしいのじゃー」
死を覚悟しているだろう兵とはいえ虐殺は趣味じゃない、いま撃ったのは目くらまし。
爆風もない、熱も無い、飛び散る破片も無い、ただ見えているだけの妖の炎。
マナに当たって倒れたり、味方に押されて骨くらいは折るかもしれないが、命までは取らない対価として甘受してほしいところ。
水をかぶせた蟻のような兵たちを一瞥し、あと僅かな滞空時間でぐるりと首を回し目的の物を探す。
「あれじゃな…」
兵にかけた少しおどけた声とは違う、仇を見つけたかの様な声を出し先ほど三発の火の玉が撃ちだされた方にある異形の馬車を三台見つけそれを睨みつける。
神国の魔導器である杖の本体は馬車のような何か、鹵獲には成功していないらしいので遠目から見えた姿しか知らないがかなり似ているので間違いないだろう。
多少資料で見たのと見た目が違うのは改良されているからだろう、遠目からは長方形の鉄塊を荷馬車に乗せているかのようだ。
兵たちの頭上から『縮地』で一番左端の馬車へと一気に距離を詰め、鉄塊の上面と側面それぞれに足を乗せる形で取り付く。
近くで見れば、鈍色の石とも金属とも付かない不思議な光沢のモノを板状に加工し纏め、金色の平べったいバンドで拘束している意外と単純な構造のよう。
要は金属だか石だかは分からないがそれを合板にして乗っけているだけ、少しコレに興味も沸いたが残していいものではないと、右手を魔手にして側面へと爪を突き立てる。
幸い馬車とは言いつつも火を見て馬が怯えるからか、今は馬は繋がれてないないようなので心置きなく破壊できる。
「ひっ…えっあ…てって敵襲!!!」
「遅いのぉ」
側面に大穴が穿たれ崩れる馬車から次の馬車へと飛び移りながら腰を抜かした兵を冷たく見下ろし、興味は失せたとばかりに観察することなく二台目の馬車をズタズタに切り裂く。
右手を振り下ろした勢いそのままにくるりと空中で縦に一回転すると着地することなく『縮地』を使い三台目の馬車の上へと乗ると、魔手を握りしめその拳を振り下ろす。
馬車はぐしゃりと落石にでも遭ったかのように見るも無残にひしゃげ地面へと崩れ落ち、ワシは殴りつけた反動で逆に宙へと飛びあがる。
ぐるりと空中で体を捻り潰した馬車三台を視界に収めれば兵士らが右往左往しているのがよくわかる、ワシからすればじっくりと壊したつもりだが彼らからすれば瞬く間に三台潰されたようにしか見えないだろう。
「ふむ…これで終わりではなかろうのぉ……」
空中に跳んだまま、フェッテの様に右足を投げ出しその勢いを利用して神国軍の左翼方向へと向き直る。
すると今いる右翼側とは正反対の方向に、ここと同じく三台の異形の馬車があるのが目に入った。
眼下の兵らはいまだ混乱の渦中に居るようだが、先ほどよりも幾許か落ち着いているようにも見える。
「ふーむ、意外と優秀なのかのぉ」
「上だ! 上に居るぞ! 弓兵構え!!」
「む、見つかってしもうたか」
木々よりも高くに跳んでいたが、少し悠長にしてたせいか落下し始めたせいで一部の兵に見つかってしまったようだ。
弓を射かけられては堪らぬと眼下の兵から視線を左翼へと戻し、少し気合いをいれて『縮地』で飛ぶ。
ガシャンと少し鉄塊の上部を砕きながら、先ほどまでいた右翼から見て一番手前の馬車へと着地する。
「なぁっ! きっ貴様なんてことを!!」
「その何てことが目的じゃからのぉ」
たまたまワシが着地するのを目撃し、鉄塊が少し砕けるのを目撃した兵が顔面蒼白になりながら吐き捨てる。
兵の様子から見るにこの兵器は、少し砕けるだけで動作不良になるか修繕が難しいモノなのかもしれない。
それかとんでもなく高価か…であれば出来る限り潰すのがやはり良いかもしれない、もちろん端からそのつもりではあるのだが。
「とはいえあまりコレの価値を知らんでのぉ、意外と高いのかえ?」
「当然だ! それ一台で幾つ家が買えると思っている」
兵の狼狽ぶりが面白くちょっとからかって言ってみただけなのだが、バカ正直にすごい価値であると何故か自慢げに答えられた。
その馬鹿正直ぶりが気になりしゃがんでよくよくその兵を見れば、痩せぎすの兵としては少々使い物にならないのではないかという印象を受ける。
明らかな不審者であるワシにこの態度、もしかしたら彼は兵というよりもこの兵器の整備などで引っ張ってこられた研究者とかそんな人だろうか。
なるほど、そう考えれば痩せぎすの体に羽織った灰色のローブは白衣の様に見えなくもない。
「そうそう。その家が幾つ買えるモノじゃがな、向こうで三つほど文字通り潰したのじゃ」
「なっ!」
だらんと垂らした魔手の代わりに左手で右翼を指示してそういってやれば、男はカッと目を見開いたかと思うとフッと糸が切れた操り人形の様にその場に崩れ落ちピクリとも動かなくなった。
いや、よくよくみれば指先がピクピクと動いているので生きてはいるだろう、たぶん。
「おぉ…ショックで気絶する奴なぞ初めて見たのじゃ……」
男の様子にちょっとした感動すら覚えるが、どうやら流石に周りの兵も異常を察知し集まり始めた。
「おっと、それではお暇するかの」
鉄塊の上部に狐火を一つ設置しトントンとリズムよく二台目、三台目に飛び移りながら同じように上部へ狐火を設置する。
三台目から下の荷馬車部分が砕ける程の勢いで飛び上がり、振り返って狐火を設置した三台を確認すると設置していた狐火を燃え上がらせて三本の蒼い火柱で跡形も無く馬車を焼き尽くす。
「任務完了、といいたいところじゃが…少し欲を出しても良いかものぉ」
指揮官か身分の高い者でも捕まえれれば、できずとも首を手に入れれば戦は終わる。
上空からキョロキョロと、今しがた破壊した馬車などよりも少し奥側の天幕が集中しているところを探してみれば、杖を突き偉そうに指示を出しているのであろう人物を見つけ薄く笑い目を細めるのだった…。




