397手間
ワシの後ろにずらりと並ぶ盾持ち歩兵たちは、使者が来た頃の士気の低さは何処へやら、今は矢でもなんでも持って来いといわんばかりの気概を感じる。
陣形を整える際、長々と演説している暇は無いからと、国王が少し激励しただけでこれとは…流石に一国の王という訳か。
「我らには女神の加護がついている…のぉ」
待ちきれないと足踏みするかの様に背後で聞こえる、鎧か盾がぶつかるガチャガチャという音を背景にじっと敵陣を見つめる。
神国が保有する魔導器…杖の発動を見た者の証言によれば火の玉はゆっくりと山なりに飛んでくるという。
その速度自体はゆっくりらしいので迎撃は魔手を用いれば容易だろう、しかしそれでは面白くない。
杖の仕組みが大きく変わっていなければ火の玉はマナの塊、魔手であれば強風に煽られた蝋燭の火のようにかき消せる。
だがそれでは相手は杖を使うことを止めないだろう、きっと相手は杖のマナ切れまで撃ってくるはずだ。
「玩具に負けているように見えるのは嫌じゃからのぉ」
にやりと笑って神国の出方を窺う、同じ迎撃であればより苛烈に鮮烈にしたほうがこちらの士気も上がると言うものだ。
すると敵陣の右翼、ワシらからみて左側から一発の火の玉がゆっくりと飛んでくる。
なるほど、ゆっくりと言われていたが実際に見てみれば、それこそ紙風船のようなふわふわとした速度だ。
しかも、若干ワシらより敵陣かれみれば手前に落ちる様な軌道をえがいている。
「これは撃ち落とす必要は無さそうじゃな」
兵たちも火の玉を目前にして使者が来た時に撃たれたモノを思い出したのだろう、ザッと一気に引き締まった気配を感じる。
ゆるゆると頂点を過ぎ高度を下げる火の玉が地面にぶつかった瞬間、落雷の様な爆音と共に火の玉が弾け辺りのモノを吹き飛ばす。
「ふむ、なかなかの威力じゃ…危ういのぉ」
気合いを入れ直したからといって直面すればそうもいかないのだろう、後ろからくぐもった悲鳴がいくつも聞こえる。
しかし今はそんなことどうでもいいと、パラパラと飛んでくる石などを狐火の壁で防ぎつつ目をすがめる。
カカルニアの様に絶対的な脅威が無い状況で、個人の資質に依らない兵器というのは危ない。
それがどのような結果を齎すか、この世界の者は知らずともワシは薄ぼんやりとかすむ記憶の向こうで知っている。
「女神さまにもこの手の技術は進めぬよういわれておるし、はてどうするかのぉ」
ここで壊すのは容易だが、根幹の技術をどうかしない限りまた同じものを作られるだけだ。
さてどうするかと考えていると、同じ右翼から今度は三発続けて火の玉が飛んでくる、今度はこちらの陣に直撃しそうな軌道を描いている。
「んむ、ではいよいよワシの出番じゃな!」
狐火の壁を消し、三発の火の玉に向け一発の狐火を飛ばす。
直接当てて撃ち落とすのもいいがそれでは地味だ、それに万が一外した場合はカッコ悪い。
では、どうするか…。
「爆ぜよ!」
叫ぶ必要も無いのだが、兵たちに見せつけるためにもあえて叫ぶとその瞬間、雷の束を落したかのような轟音が周囲を震わせ、蒼い太陽が火の玉をかき消していく。
遅れて地上に先ほどの火の玉が爆ぜた時とは比べ物にならない爆風が襲い掛かり、その衝撃波に兵たちが歯を食いしばり耐え、中にはたたらを踏んでいる者も居る。
ちらりと神国の陣を見れば、遠目からでも分かるほど動揺し乱れているのが見て取れる。
自分たちの専売と思っていたモノがまるで児戯と思えるほどのモノを目撃したのだ、もしあれが自分たちに撃ち込まれたらと勝手に想像し恐怖している事だろう。
誰がどう見たって浮足立っている、そんな好機を見逃す兵たちではない。
「全体前進!」
「んむ、ではワシは先にアレを潰してくるとしようかの」
ザッザッザッと指揮官の号令に合わせ兵たちが前進を始める、だがワシは彼らの前に居るのでこのままでは踏み潰されてしまう。
もちろんそんなヘマはしないし兵らも避けて行ってくれるだろう、しかしこちらが前進してる間に相手が立て直し再度火の玉を撃ち込んでこないとも限らない。
ならば兵に先んじて突っ込み、機先を制するのが良いだろうワシであれば歩兵を飛び越えて杖を直接狙う事も容易だ。
それに恐らく敵の大将が居るのも杖の近くだろう、その首を確保すれば無駄に被害が拡大することも無い。
ワシは一人にやりと口角を上げ、馬が駆けるような速度で敵陣へと突っ込むのであった。




