393手間
昨日は予約投降が出来ていなかったようで、申し訳ありませんでした。
昨日の分も含め本日は二話連続投稿ですので392手間よりご覧ください。
馬柵の上で侯爵軍をねめつけていると、ざくざくと草を踏む音が近くで聞こえたのでそちらへと振り返る。
するとそこには鎧を身に着け馬に跨るバルドの姿が、鎧はフルプレートアーマー程では無いものの着たまま走ること困難であろう重厚な騎馬鎧。
実戦かはたまた訓練で着いたものか、無数に鎧に付いた傷がまさに歴戦のといった雰囲気を漂わせている。
バルドが駆る馬も、鎧を着こんだバルドが跨っても揺らぎもしないがっしりとした馬体に、栗毛が艶やかな牝馬。
隆々とした筋肉とは真逆のくりくりとした可愛らしい黒目をワシに向け、撫でろとばかりに頭を差し出してくるので頬を緩めその頭を撫でてやる。
「我が隊は準備が出来ましたが、どうやって人質を救出するおつもりで?」
「ふむ、そちらの兵はどのような感じなのじゃ?」
「騎兵が二十名、歩兵が七十名ですね。皆、民を救うために命も惜しまぬ気概の持ち主です」
「命を捨てるのは感心せぬのぉ。なに、敵陣に突っ込んで来いなどとは言わぬから大丈夫じゃ、おぬしらにして欲しいのはワシが人質を確保した後のその護衛じゃな」
向こうは千人規模で居るという、流石にそれが全部出てくるわけではないだろう。
しかし、それでも百人規模になるであろう前面を一度に抑えるには、向こうに相当の被害を出すくらいしかワシには手がない。
であるならば、ワシがその百人を威嚇している内にさっさと人質を逃がしてしまった方がいい。
貴族の私軍といえどそんな前面に出てくるような者たちは下っ端も下っ端、人質にされてるものと同じ平民であろうし、今回のことを好き好んでやったとも思えない。
ならば問答無用で命を取るのも慈悲が無い、ワシも出来る限り人殺しなどしたくは無いのだから。
「それで、セルカ様の馬はどこに…?」
「んー? 走った方が早いしあの子を危険な所に連れてく訳にもいかぬしの」
「そ…そうですか」
「ま、とにかくじゃワシが突っ込んで盾を出すからのぉ。それを利用して人質の安全を確保してくれればよい」
「は…はぁ……」
「んむ、ではおぬしらの準備はよいかの?」
「え? ええ、もちろんいつでも」
「では行くとするかの!」
そういって馬柵から飛び降りると地面に足が触れた瞬間、グッと力を込めて走り出す。
背後で遅れて聞こえる鬨の声を受け、さらに加速しつつグングンと侯爵軍との距離を詰めてゆく。
向こうも近付くワシを見つけたのか何やら応戦の構えをしようとしているので、『縮地』で一気に人質たちの頭上へと移動し走っていた勢いそのままに侯爵軍と人質の間へと降り立つ。
「卑劣にも街から攫ったこの人々、このワシが奪い返させてもらうのじゃ!」
「愚王は民よりその首が大事という訳か。ではその愚行、後悔させてやろう!!」
地面に降り立ったワシはビシリと指を突きつけて、ババンと効果音でも付きそうな感じで侯爵軍に言ってやれば、いかにも小悪党といった感じの声とセリフが返ってきた。
「弓兵構え!」
「ふむ?」
その小悪党が指示を出せば、ワシの位置からは最前列の盾持ち歩兵が邪魔で見えないが、ギリギリと弓が引かれる音が聞こえはじめる。
するとワシの背後の人質たちが悲鳴を上げはじめるが、まぁ弓で狙われてこっちは盾も何も遮るものが無いので当たり前であろう。
「放て!!」
「ふっふーん、無駄じゃ無駄! ワシの狐火を見るがよい!」
矢が放たれると同時、ワシの尻尾からも三つの蒼い火の玉がワシの目の前に一個、人質たちの侯爵軍側の左右前方へと飛んでいく。
地面へと落ちた狐火はそこから左右にライン状に広がり、上から見れば底辺の無い台形となると人質たちの頭上を守るように斜めに炎の壁がずずいっと伸びていく。
一瞬にしてそびえたった蒼い壁にややあって、弓形に飛んできた矢が雨あられと殺到してくる。
人質たちのあちこちから悲痛な叫びが聞こえてくるが、当然のことながら矢じりの雨粒は一滴たりとも人質たちの頭上へは降り注いではいない。
「ふふふふ、安心するがよい! 矢の一本たりともこのワシの狐火は通すことは無いのじゃ! おっと狐火に触るでないぞ? 熱は無いとはいえ触れれば一瞬で燃え尽きるでのぉ」
「あ、え…えっと…」
「すぐに助けが来るでのぉ、その者らの指示に従って国王の陣へと逃げるのじゃ」
「へっ陛下がいらっしゃるので!?」
「うむ、ワシらは国王の兵じゃ、あの軍を騙る賊どもとは違うからの」
ワシの言葉にようやく人質たちに安堵の声が広がり、そこかしこから先ほどまで聞こえていた悲鳴の代わりに喜びの声が聞こえてくる。
「ではワシはあやつらにちとキツイお灸をすえてくるかのぉ…」
そういって狐火の中に一歩足を踏み出し、侯爵軍側へと炎をかき分けその身を晒す。
矢を灰燼に帰した炎の中から焼かれることなく出てきたワシは幽鬼じみて見えたのだろうか、盾持ち歩兵たちがザッと後じさりその顔は恐怖で歪んでいる。
「おぬしらは国王陛下に弓を引くものかえ?」
ワシが一歩踏み出し問えば、返る言葉なく兵が一歩後じさる。
「上の命令であったとはいえおぬしらが卑劣にも街を襲ったのは事実。今武器を捨て投降するのであればおぬしらの罪はそれだけじゃ」
家に火を放ち人を襲い攫った鬼畜の所業、これだけで十分その首を落すに値する罪だ。
しかし、今はまだ罪はそこまでとすることが出来る、これ以上進めばその罪は国家反逆罪となると言外に突きつける。
ここで踏みとどまれば罪はその身一つだけ、しかし一歩踏み出せばその罪は係累まで及ぶこととなる。
ザワリと後ろの方、恐らく貴族などの位の高い者から動揺している気配はするが、前面に出てきているであろう平民はよくわかってないのか後じさるだけだ。
「ふむ、では端的に言うかの。ここで投降するのであればその身一つで罪が贖えるよう国王陛下に進言するのじゃ。じゃがこれ以上戦う意思を見せるのであれば、その罪はおぬしらの家族親戚まで背負うことになるのじゃ、分かりやすく言えば皆殺しじゃ」
わざと冷ややかに言い放てば流石に理解したのだろう。ざわざわと波紋が広がり既に武器や盾を取り落としている者までいる。
「えぇい! 沈まれ沈まれ! 妄言に惑わされるな、我らが行くが正道ぞ」
「人をかどわかし、人を盾にし首をよこせと喚き散らす。あぁ、間違いなく餓鬼畜生の正道じゃな」
「ぐぬぬ、言わせておけば!」
虚勢を張り上げるかのような小悪党の声、その姿が歩兵の間から現れる。
てっきり下っ端貴族の声かと思っていたのだが、現れたのは餓鬼畜生の長に相応しい肥え太った醜い男の姿だった…。




