392手間
人とワシの手合わせなぞワシからしたら、何か強力な制限でもかけない限り手合わせにもならない。
鍛え上げた技量は、それを上回る反応速度でもって叩き落せばよい。
鍛え上げられた筋肉は、それを圧倒的に上回る力でねじ伏せればよい。
例えるなら、あらゆる手間暇をかけ鍛え上げた駿馬と彗星が競争するようなモノ。
だが彗星と違い、どうあがいてもワシが駿馬に勝てぬ所がある。
それは、体格と体重…ワシの体重は同じ体格の娘より多少重い程度、力自慢であれば抱え上げるのにさして苦労はしないだろう。
もちろん、多少重い理由はもっふもふでふっわふわな尻尾の分だ!
「うーむ、着眼点は良いのじゃが……」
「ぬぉおおおおお!」
ワシの実力を、肌で感じたいからと手合わせすることになったバルド。
文字通り、大人と子供ほどの体格差がある彼がぎゅっと脇を閉め剣を突き出して、姿勢を低くし突っ込んでくる姿はまるで闘牛の様。
その恵まれた体格を生かした一撃、体重が軽いワシであれば避けるしかないだろう…普通であれば。
猛牛の様な突進が迫る刹那、突き出された剣を外に受け流しワシも姿勢を低くしてバルドの鳩尾辺りに手を差し出し、そのまますくい上げる様に背後へと投げ飛ばす。
「もういい加減これで…」
「まだまだぁ!」
一体全体なにが気に入ってしまったのか、まるでボール遊びをする犬かのように突っ込む投げ飛ばす突っ込むを、先ほどから何度も繰り返している。
ワシの周りを囲む兵たちも盛り上がる一方で、だれも止める気配なぞ無い。
カルンも国王も満足そうに頷いているだけ、彼らはマタドールの試合でも観戦してる気分なのだろうか…。
確かにあしらう姿は似ているかもしれない、だが残念なことにフルーレは持っていないので闘牛の動きが鈍ることは無い。
であれば止めの一撃だけをくれてやるしかないだろう、彼の体力の限界に付き合ってやる義理も無い。
また性懲りも無く同じように突進してきたところを後ろに投げ飛ばすのではなく、今度はくるりとその場で回転させて地面へと叩き付ける。
そしてバルドが地面から立ち上がろうと身を捻る前に、その首元へと剣を突きつける。
「これで仕舞じゃ、ここで遊んでおる暇はこれ以上なかろう?」
「ぐっ! 次こそは必ず」
「次があればのぉ」
「よし、それではバルド隊出撃準備だ!」
倒れてるバルドに手を差し伸べ引っ張り起してやると、バルドは叩きつけられたダメージなど感じさせない様子で周りを囲っていた兵士たちに檄を飛ばす。
「しかし、ワシの力を見るのであれば最初の一合あれば十分じゃったろう」
「申し訳ない、あれほど軽々とあしらわれたのは軍に入ったばかりの頃以来でついつい…」
確かにこれほどの体格で軍で隊を任され、さらには王の傍に侍ることを許されているのだ、今回は愚直な突進しか見ていないがその実力は疑うまでもない。
「ほれ、さっさと人質救出に向かう用意をするのじゃ」
「セルカ様はどうするので?」
「ワシか? ワシはこのままでよい」
「鎧も剣も要らないので?」
「うむ、その通りじゃ!」
そうですかと一言残しバルドも他の兵士たち同様、鎧などを着こむためだろう数ある天幕の中の一つへ消えてゆく。
手持ち無沙汰になったワシは一人侯爵軍側へと向かい、陣の周りに張り巡らされた簡易の馬柵の上に飛び乗り、威圧の為か人質たちを前面に配置し盾にしたまま近づいてくる侯爵軍をじろりとねめつけるのだった…。




