391手間
朝焼けに染まる空、ワシを囲む兵士たち、そして茜色の空へと響き渡る兵士たちの声。
こんな状況だが戦が始まった訳でも、ましてや敵軍に包囲されている訳でもない。
なにせワシを囲っているのは王軍、つまり味方の兵たちなのだから。
何故こんなことになっているのか、いや当たり前の結果ではあるのだが、これの少し前に行われた朝議の結果こうなった。
朝議はワシらが国王と会った天幕内で行われ、ワシとカルン以外にも指揮官と思わしき十名ほどの兵が朝議の為に集まっていた。
ワシら以外、皆体格が良いので広いはずの天幕内が狭く感じる、確かにこんな中で会議が紛糾すれば誰だって辟易するだろう。
だが此度の朝議は紛糾することなく、国王陛下の鶴の一声で終了する…はずだった。
「――という訳だ、卑劣なデアラブ侯爵に捕まっている民の救出はセルカ殿に任せ、我らは前面に集中する」
「お待ちください陛下!」
国王が話を終えると同時、バンッと机をたたき身を乗り出して異を唱える一人の兵士。
歳の頃は二十後半くらいだろうか、見た目は巌を人としたらこうなるのではないかと思うほど、四角張った兵士。
今にも軍服を弾き飛ばさんとするパンパンに膨れた筋肉に、ピシリと短く切り揃えられた赤銅色の髪。
その目は巌となる前のマグマの如き炎を宿しながらも、それとは正反対の見事な碧眼。
声音の力強さは、力こそパワーと言わんばかりの暑苦しさをはらんでいる。
「セルカ殿の逸話は聞き及んでおります、しかし此度はただ一匹の竜とは違い千に届く兵に百は数える人質です!」
「分かっておる、だが余はそれでもセルカ殿であれば、人質を助け出せると確信している」
「ぬぅ…」
国王が少しでも揺らげばそこを突くつもりだったのだろう。
しかし、陛下は暑苦しい風をどこ吹くものぞと気にもしておらず、暑苦しい兵は唸っている。
「あー、それじゃがの? 人質を確保するまでは良いのじゃが、そこから先はちとワシ一人ではちと無理じゃ。流石に千人を抑えつつ百人を逃がすのは厳しいからのぉ…幾らか兵を貸して欲しいのじゃ」
「ふむ…ではバルド。貴様の部隊を付けるとしよう、貴様は人質救出に最も積極的であったしこれでも文句もなかろう?」
「はっ! この一命に換えましても民を救ってご覧にいれます」
「うむ、では二人とも任せたぞ」
朝議はそれで終わり、出撃前にバルドと呼ばれた兵士に挨拶をするかと近づいて声をかける。
「バルドとやら、今日はよろしく頼むのじゃ。それで段取りなんじゃがの」
「それですがセルカ殿、私は陛下を微塵も疑ってはおりません。しかしっ! この目で見て、この手で感じねば信じることは出来ません、ましてや民の命が掛かっているのです」
「うむ、その考えは当然じゃろうのぉ…」
「そこで一つ私と手合わせして頂けませんか?」
「あー…そんな暇はあるのかえ…?」
濃紺の空がようやく茜色に変わりつつある早朝とはいえ、これから人質解放という一仕事待っているのだ。
それを前に手合わせなど悠長なことをしている暇があるのだろうかと悩んでいると、ぬっと天幕から出てきた人物が声をかけてきた。
「構わぬ。デアラブ侯爵が言っていた期限は陽が天頂に昇るまでだ。それに、セルカ殿の力を見せれば兵たちにも良い刺激になるであろう」
「陛下もこう仰っているのだ、セルカ殿も否やはあるまい?」
「ワシも実力を疑われるのは嫌じゃしのぉ…」
「ではっ! バルド隊集合!!」
バルドが拳を天に突きあげ声を張り、拳をぐるぐると回し始めると百人くらいだろうかの兵たちが駆け寄って整列し始めた。
「これが私直轄の隊、もちろんこの下にもいますが今は良いでしょう。我々はこれより人質を救出しに向かう!!」
集まってきた兵たちをワシに紹介するとバルドは集まった兵たちに向き直ると、またも拳を掲げ宣言する。
すると兵たちも同じように拳を掲げ、気炎万丈の雄たけびをあげる。
「それにあたり、これに控えるセルカ殿も同行する。しかし我々は彼女の力を知らぬ、故に私はこれより手合わせをする!」
「了解しましたバルド隊長! 野郎ども! 場所の確保と手合わせ用の武器の確保だ!」
一番前に立っていた兵士がバルドの宣言に応え、集まった兵士たちに指示をすると正に一糸乱れぬ動きで二手に分かれ行動しはじめた。
「それでは私どもも行きましょうか」
「あぁ…うむ…」
バルドは一言そういうと、あまりの暑苦しさに苦笑いを漏らすワシを尻目に場所の確保に向かったであろう、多めに分かれた集団の後を追い始めた。
「あー、カルンも見学するかえ?」
「もちろん!」
「余も見させてもらうとするかな」
元気に返事するカルンはもとより、鷹揚に頷き楽しみだとばかりに口角を上げている国王も付いて来るようだ。
バルドにとっては手合わせとはいえ、国王が賢覧するという一大事だが大丈夫かな…などとズレたことを考えつつスタスタと先に行ってしまったバルドの後を王族親子を従え、その後を追うのだった…。




