389手間
篝火を背にしているせいで表情は見えないが、ピシリと槍をワシらに向かって突き出している兵士二人。
「何者だ! 馬を降り両手を上にあげてゆっくりとこちらへと来い」
「私はエドワルド・ウィル・ラ・ヴィエールが長子、カルン・ウィル・ラ・ヴィエールである」
久々に聞くカルンのフルネームを告げられた兵士は、突き付けていた槍を体と平行になるように持ち直しビシッと背筋を伸ばす。
「これはご無礼を。ですが、我々は王太子殿下の御尊顔を拝見したことが御座いませんので、すぐ確認できるものを呼びに行ってまいります」
ラ・ヴィエールをこの国の名を騙る様な者はまずいない、もし騙れば申し開きも無く問答無用、本当であれば自分が問答無用に。
だからだろう警戒と緊張が入り混じった様子の兵が一人駆け足で、カルンの顔を知っているであろう人を呼びに行った。
「のう、カルンや。今更じゃがこれを見せれば良かったんではないかの?」
「あ…そういえばそうだったね」
そういってワシが触ったのは、軍服の右肩からU字に垂れて左の鎖骨したまで伸びている、三つ編みした金糸の飾緒。
将校であることを示す飾りなのだが、これを貰う以前ワシはどんなものか知らずモールとしか聞いていなかったので、何で薪割り槌を貰うのだろうと首を捻ってたのは内緒だ。
「これはカルン王太子殿下…ようこそ我らが陣へ、してこのような頃合いにいかがいたしましたか?」
「それについて父上と話したい」
「かしこまりました、ご案内いたしますのでこちらへ。おまえたちはお二方の馬の世話をしておけ」
「はっ!」
「それではお預かりしますので」
「うむ」
すこしカルンと話していると、少し身なりの良い兵士がやってきてカルンへと恭しく臣下の礼をとる。
それを見て警戒と緊張の内、警戒だけを解いた兵士に馬を預け、身なりの良い兵士の後に続いて陣の中を進む。
こちらも侯爵軍同様に、巡回の兵などを除き皆寝静まっている。
その陣の中央、明かりが消え寝息が聞こえそうな大人五人ほどが並んで寝られそうな大きさの天幕が立ち並ぶ一角。
そこのさらに中央、唯一煌々と…というと少し大げさだがランタンの明かりが外へと漏れ出る、ひと際大きな天幕の中へと案内される。
「エドワルド陛下、ご子息をお連れ致しました」
「あぁ、ご苦労だったな。貴様は下がって明日に備えもう寝てよい」
「はっ!」
少し身なりの良い兵士が踵までビシリと揃え挨拶する先には、十人ほどが一緒に食事をとれそうな大きな机の一番奥、立派な椅子に座っている凛々しい表情の国王の姿がある。
先ほどまで複数の人がここに居た気配があるが、既に人払いを済ませたのだろうか今は国王一人のみだ。
ここまで案内してくれた兵士に国王は鷹揚に応えるとすぐに追い払い、天幕の中にはワシら三人だけとなる。
兵士が天幕の入り口を揺らし外に出るのと同時、凛々しかった表情を少しだけ国王はふわりと緩める。
「久しぶりだなカルン、少し大きくなったか?」
「父上も息災の様でなによりです」
お互いの無事を喜ぶような二人の声音にうんうんと頷くワシを尻目に、カルンはまるで修学旅行から帰ってきた生徒が親に旅の話をするかのように、皇国での出来事をしばし国王へと語りはじめるのだった…。




