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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで…?
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388手間

 ノミほどの大きさに見えるデアラブ侯爵の私軍たちを馬上から、ぎゅっとねめつける様に観察する。

 ちょうどワシらが風下となっているのだろう、侯爵軍から流れてくる風には沼地の湿気た泥の臭いと共に、肉などを煮込む炊事の匂いが漂ってくる。


「うぅーん、普通の風の様に思えるんだけど…それ以前に私軍の姿も、薄い煙くらいしか見えないし」


「ヒューマンの鼻や目であれば仕方なかろう、とはいえ油断はならぬ。炊事をしておるのであれば周りの警戒も強くなっておるじゃろうし、ワシらは日が沈んでから移動するとするかの」


 炊事時は油断するなどとよく言われるがそんなのはとんでもない、辺りを警戒する者としてはかなり緊張し油断しない。

 なにせ匂いに疎いのはヒューマンだけと言っていい、野生の獣に魔物など炊事の匂いに釣れられて、ゾロゾロと湧き出してくるモノなのだから。

 だが飯を食って油断するのは獣も人も同じこと、夜陰に乗じて国王のもとへとはせ参じよう。

 夜警の為の篝火ぐらい焚くだろうが、それでは星明りだけの闇夜をヒューマンの目で見通せるわけがない。


「さてと。あの様子じゃと今日の内に動くこともあるまい、少し戻って夜を待つとするのじゃ」


「わかった」


 侯爵軍をしばらく観察してみたが、腹も膨れたしさぁこれから突撃するぞと言った雰囲気も無い。

 なのでカルンを伴い、少し街道を戻り道から少し離れた場所にある岩陰に身を隠し陽が落ちるのを待つ。


「これだけ暗ければ見つかることもなかろう」


「いや、こっちもなんも見えないんだけど?」


「むぅ…仕方ないのう。ほれ手を繋いでやるからコケるでないぞ」


 月夜は五十の巡りの内に一度だけ。お陰でこの世界では毎夜、両手いっぱいに抱えた星屑を夜空へとちりばめた、満天の星を楽しむことが出来る。

 しかし、それは逆に地には何も見えぬ暗闇を齎すことにもなっている。

 ワシには星明りだけで十分なのだが、カルンはそういう訳にもいかないので、その手を引いてカルンの馬の傍までくるとひょいとその上に乗せてやる。


「落ちぬ様に気を付けるのじゃぞ」


「え…あ、うん」


 心なしか残念そうなカルンの声に首を傾げつつ自分の馬へとヒョイと飛び乗り、昼間に侯爵軍を観察した場所までもどる。

 そこからは大きく街道を逸れ、侯爵軍に近づきながらも迂回するルートを通りその先に居るであろう王軍のもとへと急ぐ。


「ふーむ、気の緩み具合から見て、まだなんぞはしてはおらぬ様じゃな」


「そこまで見えるの?」


 人が小指の先ていどに見えるくらいまでの近くを通りながら、カルンに聞こえる程度に声を出す。

 それに対しカルンは、それこそ蚊の鳴くような声で返してくる。


「うむ、篝火の届く範囲くらいじゃがの。戦の最中であればもう少し嫌でも気が引き締まるはずじゃ」


「そう…」


 ぽつぽつと陣の外周に立つ篝火の傍に、槍と弓を持った二人一組の警備兵。

 立っているだけマシだろうと言わんばかりの緩みっぷりは平時のそれ、まかり間違っても血を見た人のする態度では無い。

 だからこそ腹も立つが、同時に攫われた人も王軍も無事だろうとカルンの声音同様の安堵の息を漏らす。


「だけど、これだけ近づいてバレない?」


「明るい所から暗い所は見えにくいものじゃからの。それにあれだけだらけておれば大丈夫じゃろうて」


 既に寝入っているのか巡回が持っているであろう松明と、篝火から昇る炎以外は陣の中には見えない。

 残念ながら見える範囲内に攫われた人たちは見えず、まずは予定通り王軍の陣を目指す。

 陣の場所は分からぬが進むべき場所は分かる、何せ平原の彼方地平線の近くに篝火であろう炎の明かりが見えている。

 正に至近距離、明日には一戦交えるであろう距離だ、何はともあれ間に合ったことに安堵しつつ馬の歩を進める。

 そしてようやく王軍の陣へとたどり着くと、侯爵軍とは打って変わってキッチリ警備をしていた兵に槍を突きつけられ、何者かと誰何されるのだった…。

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