386手間
扉を支えていたモノが折れた残響が聞こえる神殿内にワシとカルン、少年の三人で足を踏み入れる。
隊長含む兵たち全員は外で、お留守番という名の見張りをしてもらっている。
この街を襲ったのは私軍とはいえ兵士たちだ、一般の人たちに私軍と王軍の区別が付くわけでなし。
せいぜい街に詰めている兵くらいしか分からないだろう、窮鼠猫を噛むがごとく襲い掛かられても困る。
「ふーむ、これで扉を止めておったのかのぉ……」
「持ち上げるの、結構大変そうだけど…」
ワシの法術で照らし出される荘厳な雰囲気の内装に見合わぬ、石で出来た子供の頭ほどの直方体の折れた柱。
神殿の扉付近に不自然な溝があったのだが、恐らくそこに普段は収納しているのだろうなどと考えているとようやく耳障りな残響が消えてきた。
するとどうだろうか、神殿から入って正面の女神さまへと祈りを捧げたり神官が話をするであろう場所の左右、扉のない真っ暗な入り口から潜めてはいるものの荒い呼吸と金属がこすれる音が聞こえてきた。
ワシの耳がピクリピクリと動いていることに気付いたのだろう、カルンが何か言おうとするが人差し指を立て、自分の唇に当て静かにするようにとジェスチャーで伝える。
「うぉおおおおお…お…おぉ…?」
「えっ?」
奥から聞こえる荒い呼吸が止まると同時、左右の入り口から飛び出してきた軽鎧をまとった二人組が、剣を構えワシらに斬りかからんと声をあげ鬼気迫る様子で襲い掛かってきた。
しかし、相手は美少女一人に少年二人、襲い掛かる足はゆっくりと止まりどういう事だと構えていた剣を下ろし二人で顔を見合わせている。
「王太子殿下!」
二人組があげた声が聞こえたのだろう、隊長が中へと踏み入って来る。
それに反応し二人組も剣を構え直して駆け出そうとするがそれよりも早く隊長の怒声が神殿内に響き渡る。
「貴様ら! 何処の所属だ!」
「はっ! 辺境伯軍ナザル衛兵隊所属アインであります!」
「同じく辺境伯軍ナザル衛兵隊所属ユヌであります!」
条件反射なのだろう、襲い掛かろうとした二人組は素早い動きで剣を収め背筋を伸ばした姿勢で自分の所属を答えている。
その声や面立ちから、カルンとそう歳も変わらないだろう少年だというのが分かる。
「それで、貴様らは何故ここに居る? 他の衛兵はどうした」
「じ、自分たちは隊で一番の若輩者だったので、ここに逃げる人たちの最後の守りになれと…」
「先輩らは、私軍の奴らに街の人たちを盾にされて」
彼らの登場や隊長の言葉で思い出したが、当然この街にも治安を守るための衛兵が配備されていた筈である。
それらが居ない理由、なるほど彼らの言葉で理解した。そしてこの少年二人組は若いからと最後の守りと称して一緒に避難させられたのだろう。
それを二人も分かっているのだろう、悔しさに声を震わせ下唇を噛んでいる。
「貴族の私兵とはいえ、民を守るが責務だろうに何と卑劣な…」
ワナワナと少年兵二人とは別の意味で震える隊長を尻目に、今度はワシが声をかける。
「それでここに逃げた者たちは、おぬしらが出てきた先におるのかの?」
「いえ、あの先は神官たちの部屋だけで、住民たちは地下室に避難しています。ところであなたも逃げてきたので?」
「このお方は王太子殿下のご婚約者様だ、そしてこちらに御座すお方がカルン王太子殿下である」
「こっ! これは王太子妃殿下とは露知らずぎょ無礼を」
「おっ王太子殿下もご機嫌麗しく、おめにっかかれて光栄です」
「ワシは候補じゃ候補」
ワシが軍服、それもエリートのという事に気付いていないのだろうか。
まぁ、見た目は紛うことなき美少女なので、避難してきたと勘違いしても仕方ないが。
しかし、ずずいっと出てきてどこぞのご老公よろしく隊長がワシらを紹介すると、少年兵らはピシッとしていた姿勢をさらにガチガチにして舌を噛みながら挨拶する姿に苦笑いする。
早々偉い人が来るわけでもないだろうし、ましてや彼らは新兵っぽいのだ、挨拶がおかしくても致し方が無い。
「ワシはそういう堅苦しいのは好かんからの、いつも通りでよい。それよりもその地下室とやらは安全なのかえ?」
「感謝いたします。はい、本来は火事で焼け出された人たちなどの為ですが、食料の備蓄や外への避難経路もありますので」
「ふむ、そうかえ…そこは一安心じゃな。それと、おぬしらには酷な事ではあるのじゃが…ちと聞いてもいいかの?」
「何なりと」
「うむ、それでは。ワシらは街の正門からここまでほぼ一直線に来たのじゃが、何といえば良いか街の規模に対して死人が少なかったのでの…他にも避難場所なんかはあるのかえ?」
「はい、ここ以外にも何か所かあるので…ですが、街の住人の大半は私軍の奴らに連れていかれました」
「それはどういうことじゃ?」
国を民を守るべきである私軍が街を襲ったというだけでも驚愕なのに、ここに来てまさかの人攫いの罪状まで追加である。
「当初私軍の奴らは国王陛下の援軍として街の者を徴兵すると来たのですが、命令書も無くあったとしても国王陛下の勅命でもない限り応じられないと衛兵長が突っぱねた途端こんなことに…」
「しかし、どういう事じゃ…? 援軍と称して行ったとてこのような所業をしでかしたのじゃ、どの様な大功を積もうとも死罪は免れぬのじゃ…」
攫われたといってもここで斬り殺されるよりは無事な可能性がある、援軍を騙っていたのだ行く先は戦場なのでここよりも危険ではあるのだが…。
しかしなぜそんなことをと皆で首を傾げていると、嫌な予想が雷の様にワシの背筋に落ち耳と尻尾がピンと立つ。
「隊長や! おぬしはここに残ってこの街の救援を続けよ! それと王都に報告もじゃ出来る限り早くの! カルンはワシと共に来い戦地まで早駆けじゃ!」
「はいっ!」
カルンの返事だけを聞き神殿から踵を返し、街の正門入り口へと駆け抜ける。
そこに残ってた輜重部隊たちに隊長の指示を待てと言いつけて、ひらりとカルンと共に馬に飛び乗って沼地へと駆け出すのだった…。




