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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで…?
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384手間

 関係が険悪な隣国との国境付近、さらには四六時中戦ばかりの小国群にも近いこの街の神殿。

 そこは一種のシェルターとなっており、付近の戦えない者を収容するには十分な備蓄を用意している。

 火事などの災害時に備え、避難場所として神殿前の広場は何もない広々と空間になっている。

 そして、神殿外側は扉も含め石造りとなっており正に優美な要塞とも呼べる代物らしい。


「本当に大丈夫なんじゃろうな…?」


「流石にこれは……」


 正に罰当たり、神罰をも恐れぬ所業とはこの事だろう。

 パッと見た印象は大理石で造られた白亜の宮殿、しかしその印象を残すのは屋根などの高い所だけ。

 壁や軒先を支える柱などは焼け落ちてはい無いものの、ススであろうか真っ黒に染まりここで大規模な火災が起きていたことが分かる。


「ここにこれほどまでに燃える物があったとは思えません」


「ということはじゃ、この建物を焼こうとした者が居るということじゃな」


 延焼を防ぐためだろう、神殿と付近の建物の間は十分なスペースが空いており、近隣から燃え移ったとは考えにくい。

 ならば答えは一つ放火犯が居ると言うこと、しかも神殿を篝火の燃えさしの様になるまで真っ黒に焼いているのだ、ここで何かがあったのは言うまでもない。


「とりあえず神殿は無事のようじゃし、中を確認してみるとしようかの」


「あの扉は男十人掛かりで開く物です、さらに中から鍵をかけられたら…」


「ま、問題ないじゃろう」


 その程度カーテンを開くようなものだろうと神殿に行こうと一歩踏み出した瞬間、パキリとガラスの破片でも踏んだかのような音が聞こえ、サッとそちらに顔を向ける。

 付近の建物の元はガラスが嵌っていたのであろう窓へワシが目を向けたと同時、窓枠の角からこちらを見ていた目が恐らく音を出した時に引っ込めようとしたのだろう、素早く隠れるのが見えた。


「セルカ様どうしたので?」


「誰か居った、ここを襲ったやつらかもしれぬ」


「なっ! 本当で――」


 隊長が「すか」と言葉を紡ぐ頃には佩いた刀に手をかけて『縮地』で窓のすぐ傍まで移動する。

 そのまま窓枠から少し体を丸めて飛び込こめば、シャラリと刀を抜いて何者かが隠れたであろう場所へと切っ先を向ける。


「んー、なんじゃ子供では無いかえ」


「こんなろっ!!」


 しかしそこにいたのは身を屈めた十五、六歳くらいだろうか身なりからして襲撃した者とは思えぬ、平々凡々とした町人といった風体の少年。

 それを確認しワシが刀を収めたのを見た途端、窓枠だったものだろうか近くにあった角材を掴みワシへと立ち上がりながら殴りかかってきた。


「おっと乱暴じゃのぉ」


「街を襲っておきながら何を!!」


「ふーむ?」


 まず最初に攻撃を選んだことと、振り下ろす速度から多少腕っぷしに自信があるようだが所詮はその程度。

 力任せに振り回すだけのモノなどワシに掠ることすら不可能だろう、ひょいひょいと避けていると聞き捨てならないことを口走った。

 なのでちょっと話を聞いてみようかと、振り下ろしてきた角材を片手で受け止め、もう片方の手で少年の腕を取る。

 そのまま体を捻りつつ少年をうつ伏せになるように床へと押し付けると、少年の腕を捻って背中へと押し付け暴れられ無いよう、少年の両足の上に橋を渡すようにワシの足を乗せる。


「クソ! 殺すならさっさと殺せ!!」


「んーむ、なんぞ勘違いしてるようじゃが、ワシはここを襲った者とは違うのじゃ」


「何を白々しい! 俺は見たんだてめーと同じ服着たやつが居たのを!!」


「なんじゃと」


「セルカ様ご無事で!」


「おぉ、丁度良い所に。どうやらこの街の生き残りの様じゃ」


 聞く耳持たぬ少年が、またも聞き捨てならないことをまたも叫んだ瞬間、見計らったようなタイミングで隊長が建物の中へと入ってきた。


「そうですか…良かった。それでどうしてそのようなことに?」


「うむ、ワシを襲撃した者の一味と勘違いしておる様での、襲ってきたので取り押さえたのじゃ」


 少年はいまだに喚いているが片手は捻り上げられ、もう片方の腕は自分の体の下敷きに足も押さえられて首を捻って此方を横目で見る事が精々で、もがくことすらできていない。

 それを見て生き残りが居たことに心底安心した声を出した隊長は眉を顰めるがそれも致し方あるまい、なにせいたいけな少年を…。


「貴様! 王太子殿下のご婚約者様を襲うとは何事か!!」


「待て待つのじゃおぬし何を言うておる、絵が出回っておるわけでもお触れが出ておるわけでもないのじゃ、知るわけがなかろう」


「え? 王太子殿下…っていうと…」


「簡単に言えば王様の息子じゃの」


「お…王様の息子のお嫁さん…」


「候補じゃ候補」


 王という言葉に反応して少年の喚きがピタリと止まり、王太子殿下の意味をしると少年の顔から、桶の水でもひっくり返すかのように見事なまでに血の気が引いていく。


「す、すまね…じゃないえっと、ごめんなさい……でもなくてえっと…」


「あぁ、よいよい。ワシの顔など知っておる者など殆ど居らぬじゃろうしの」


 暴れようとしなくなったのを感じ解放してやれば、少年はまるで押さえていたバッタが勢いよく跳ねるように立ち上がったと思えばその場で跪いた。

 少年は腹に膝がめり込むのではないかと思うほど勢いよく頭を下げると、しどろもどろになりながらも謝罪の言葉を言うので、ワシはヒラヒラと手を振りながら気にするなと対応する。


「それよりもじゃ、おぬしここを襲った者を見たというておったな? どのような者か覚えておるかえ?」


「あぁ…あれは王様がこの街に来てくれた何日か後の事だ。援軍だとかいってどっかの貴族サマの軍隊が来たって誰かが言っててさ、そんとき俺はこの家の屋根を修理しててよく見えたんだけど街の正門とこの家が火事になってさ…大変だなとか思ってたら悲鳴が聞こえて、そしたらみんなそこの広場に逃げてきて、それを追っかけるようにいろんな格好の武器持った人が来てよ、神殿に女子供を避難させて扉閉めたんだけど入りきれない人は殴られて連れていかれてさ……最後まで神殿を守ろうとしてたおっちゃんたちは…俺、怖くて動けなくて」


「よい…よい。それ以上言わずともよい」


 最初は思い出すようにぽつぽつと喋っていたが、途中からその時の恐怖まで思い出したのか震えはじめたので、赤子をあやすように抱きしめてぽんぽんと背中を叩いてやる。


「もう言わずともよいと言ったが、すまぬがもう一つ思い出してくれぬかの? それはこの服と同じ者を着ておったという者じゃ」


「あ…あぁ……遠目だったから顔は良く見えなかったけど、偉そうに叫んでなんか飯食い過ぎた豚みたいな体格の野郎だった」


「軍服を着た豚の様な男…?」


「ん? 心当たりがあるのかえ?」


 少年の話を静かに聞いていた隊長が、ぼそりと呟くのでそちらを見れば思い出そうとするかのように口に手を当て首を捻っている。

 その姿に心当たりがあるのかと、しばらく待っていると隊長は一度目をつぶり、ふぅと息を吐き出すとその名を口にする。


「恐らくそれは、デアラブ侯爵です」


 デアラブ侯爵、この国で三侯爵と呼ばれる者たちの一角……少年の話が本当であれば、国を民を守るべき貴族がこの街を襲った、そういう事になるのだった……。

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