382手間
街を襲った何者かを警戒しつつ、ワシとカルンを含む総勢十名が門をくぐり足を進める。
門付近の家々は不気味なほどに静まり返り、既に消火が終えられたのかそれとも焼き尽くす物が無くなったからか炎を吐き出しているモノは無い。
建物自体は石造りの為に見た目の上だけはすぐにでも住み直せそうだが、焼いていた炎の激しさを物語るように木製だったであろう部分は全て黒く焼け落ちており、道には砕けたガラスが散乱している。
「おーい、誰ぞおるかのー?」
他の兵たちもワシと同じく扉が無くなった玄関や、窓から家の中に呼びかけをしているが一向に反応が無い。
中に入って調べたいところだがまだ中では火が燻って居るかもしれないし、建物自体が無事なせいで何かダメなガスが充満しているかもしれない。
兵たちも科学知識は無くともそれを分かっているのだろう、外からの呼びかけに終始し中に入ることは一切ない。
ワシであれば大丈夫であろうが、木製部分全てを焼くような火災の中で生き残っていたとしても虫の息、たとえ無事でも火傷に怪我、ガスの吸引などによる重篤な後遺症は免れないだろう。
もしそうでなければとっくの昔に逃げおおせているだろう。それに何よりその様なものを治療する術が無い。
ワシらに出来る事といえば、せいぜい苦しみが長引かないようにしてやるくらいだ。
「む、あっち側は焼けておらぬようじゃな…しかし……」
「うっ…」
しばらく声をかけながら進み、ワシらの通っている道を横切るかのような馬車が二台ほど通れる大きな道に出る。
するとそこから先の建物は火事に遭っておらず、何事も無ければ賑わっているであろう姿のままである、建物だけは…。
カルンがうめき声をあげ、他の兵士たちも凄惨な光景に短く唸り声を出している。
「ひどい…誰がこんなことを…」
「野盗類にしては妙じゃの……」
まるで街路樹から落ちた枯れ葉の様に、無残にも切り殺された人々があちこちで打ち捨てられ、血と僅かな腐臭が漂っている。
当然野盗と言えど我が身はかわいい、むしろ野盗だからこそ人一倍そうであるともいえる。
偶々にしろ自ら火をつけたにしろ、火事に乗じて押し込み強盗したくらいであれば多少討伐に手を裂くであろうが、長期的に見れば警備が強化されるに留まるだろう。
だが虐殺といっても相応しいやり方をしてしまえば、軍が動き因果応報を知らしめるまで手を緩めることは無いだろう。
一人二人の異常快楽殺人者ならばまだ分かる、だが一角とはいえ街規模でそれを行うような集団が野盗とは少しばかり…いや、かなり腑に落ちない。
野盗どもはあれはあれで堅実で慎重なのだ、やり過ぎは自らの首を絞めるだけと知っている。
「生きておる者は……」
「いない…ね……」
兵士たちも沈痛な面持ちで首を振っている。
倒れてる人たちに近寄って確認するまでも無い。皆血だまりに沈みピクリとも動いていない。
ある者は背中をバッサリと切り裂かれうつ伏せに倒れ、ある者は腹を刺され文字通りのこの世の終わりを体現した苦悶の表情を空に晒している。
思わず目を背けたくなるような光景だが、睨みつけギリリと奥歯を噛みしめてこの光景を作り出した者たちへの怒りを滾らせる。
「あっ」
「ね、ねえや? ちょっとまって何が――」
思わず口から漏れた音と共に駆け出す、カルンが突然のワシの行動に何か口にしたが全部が聞こえる前に距離を離し聞こえなくなってしまった。
どうせ何があったか聞くくらいだろうかがそんな暇は無い、何故ならば視界の端に何かズルリと動くモノが見えたのだ。
生き残りならば良し、そうでなければ……。
「こっ……」
それ以上言葉は出てこなかった、振りきれた怒りが全身を氷を押し付けたかのように、ヒヤリとした感情を呼び起こす。
動いたのは何かの弾みか崩れ落ちた女性だった、その身を折れた剣に貫かれながらも何かを守るかのように腕が曲げられた姿勢のまま。
守ろうとしたものは探すまでも無い、血だまりの中で恐怖に怯えた顔で止まっている。
その身を犠牲にして尚、守り切れなかった無念は如何ほどのものか…必死に祈るかのように目をぎゅっと瞑ったままの表情の女性からは、もう窺い知ることは出来ない。
「あぁ、カルンかえ…生きておった者はおったかえ?」
自分でもゾッとするほどの冷めた声で、いつの間にか傍にいたカルンに振り返り声をかける。
カルンは無言で首を振るだけで答えようとしない、よほどこの光景がショックだったのだろうか…。
「カルンや、兵士たちの中にこの街のことを知っておる者はおらぬか、ちと聞いては来てくれぬか」
「分かったけど、どうして?」
「教会や街の有力者の屋敷に住民が逃げておるかもしれんからの…場所を知りたいのじゃ」
「なるほど! そこならまだ生き残ってる人が居るかもしれないと」
「うむ、もしまだそれを襲うとせんものが居れば」
「助けなきゃだね、すぐに聞いて来るよ」
カルンが兵士たちの下に掛けていくのを見送ると再び彼女らに向き直り、せめて彼女らの魂が彷徨うことなく世界樹と女神さまの許に還らんことを一人祈るのだった…。




