381手間
部隊の先頭が何事かあったのか騒がしくなっていたが、行軍自体は滞りなく行われていた。
しかし、その歩みがついに止まる頃なぜ先頭が騒がしくなっていたのか、その理由がワシの鼻に風に乗って届いてきた。
「これは…火事でもあったのかの?」
「火事? それにしては何というか……」
騒ぐほどの火事であれば、多少遠くからでも立ち昇る黒煙が見えるはず…。
それが無いという事は、ボヤ程度か鎮火してそれなりの期間が経っているということ。
「んむ、ただの町人であるならばともかく兵が騒ぐとは…」
ワシらの後ろに居る兵たちもこれは少々様子がおかしいぞと気づき、ざわざわとし始めた。
前方に行って話を聞いてみるかと思い始めた丁度その時、その前方から一騎の兵が馬に乗り此方へ駆け寄ってきた。
やって来た兵はワシとカルンの前で止まり、馬から降りると恭しく礼をしてからカルンに向かって話し始めた。
「行軍を停止申し訳ありません」
「それはいい、それよりも何があった」
「はっ、そろそろ国王陛下率いる本隊との合流予定地点なので先駆けを送ったのですが、どうやら彼らが火事に遭った街を発見しまして」
「如きとは言わないが、煙も見えないし収まった火事でそう慌てるものか?」
「それが先駆けの話によりますと、街の広範囲が火事に遭ったようでして。彼らは門から中を確認した程度とのことでしたが、少なくとも門から見える範囲は全焼していたようです。つきましては、住民の救助の御許可が頂ければと……。」
「分かった許可する」
「ありがとうございます王太子殿下! それでは、御前失礼いたします」
カルンの即決に嬉しそうに返事をすると、素早く馬へとまたがり前方へと駆けて行った。
「いいのかえ? 戦が始まったという報告は来ておらぬとはいえ…」
「父上なら大丈夫さ、それに僕たちが行ったところで成人前の箔付けとして、後方のお飾りになりそうだしね。ねえや一人で先に行く? ねえやなら一人でも兵士百人分にはなりそうだし」
「そこは千人と言っても良いのじゃぞ? それよりもじゃ、人手というのであれば十分な人数の居る本隊よりも救助の方に割いた方がよいじゃろう。ワシであれば焼けた木材じゃろうが問題無いしの」
ワシが行けばそれだけで戦の趨勢は決まったも同然だろう、何なら戦が始まる日取りが決まったと報告が来たらワシだけ先に行くのも良い。
元々先触れを送るほどの近くであれば、全力で駆け抜ければ馬要らずのワシの足なら即座に到着するはずだ。
下世話な話、同じ箔付けならば「戦に出た」よりも「人々を救援した」の方が良いだろう。
「おっと、どうやら動きだしたようじゃな」
カルンの決断が届いたのだろう。前進の声が響いた後に、たるんだ紐を引っ張るかのようにゆっくりと列が動き始めた。
道を進み街を囲む石積みの防壁が大きくなる、それと共に強くなる街から届く臭いに混じる不穏な臭気に、知らず知らずのうちに顔が険しくなる。
「どうしたの…ねえや……」
「うむ、街からの臭いにの…血が混じっておる」
「怪我人が……って訳じゃなさそうだね」
火事があったのだ、怪我をして血を多く流す人くらい居るだろう…。
しかし、それでも…それでもだ、風に血の臭いが混じるほどの怪我人が出るとは思えない。
ワシは吸血鬼では無いのだ、振れるほどの近くでないのならば流石の獣人の鋭敏な嗅覚とはいえ血の臭いを、様々なモノが焼けた臭いが混じる中から嗅ぎ分けられる訳がない。
それを察したのだろう、カルンの顔にも険しさが混じってくる。
「うむ…これは間違いない、間違いないのぉ…ワシはちと警告をしてくるのじゃ」
「わかった」
暫く進み街の入り口へと着くが、そのまま中へとは入らずに外で一度停止する。
何故ならばまだ火が燻っているかもしれない街中にまで、食料などを満載した輜重部隊も入れる訳にはいかない。
そこでそれを守る為に隊を分ける指示を兵たちが受けてる中、ワシは疑念を確信に変えこの隊を預かる隊長の下へと馬を降り駆けてゆく。
「のう…ちと良いかの?」
「はっ、何でしょうかセルカ様」
「うむ、この街なのじゃがな何者かに襲われたのではないかと思うての」
「それは…本当ですか?」
幾人かの兵士に直接指示を出している隊長を見つけ話しかける。
すると隊長は兵としての礼ではなく、貴人としての礼をしてからワシの話に耳を傾けてくれた。
「うむ、焼けた臭いに隠れてはおるが血の臭いがするのじゃ、それも一人二人では考えられぬ程のにの」
「つまりまだ中に、その何者かが居る可能性があると?」
「うむ」
「分かりました…兵たちに伝えましょう」
ワシがコクリと頷くと、隊長もこの火事はおかしいと思っていたのだろう。
表情を引き締め再度兵へと指示を飛ばし始めた、すると流石というべきだろう兵たちの雰囲気も、一瞬でキリリと引き締まったのを肌で感じる。
先駆けの兵が開けたのかそれとも元からだったのか、虚しく口を開ける門から覗く無残にも焼け落ちた家々に嫌な予感が募ってゆくのだった…。




