380手間
いつもであれば商人などで賑わうであろう、轍が深く刻み込まれた街道は見える先までワシら以外誰もいない。
しかし、危ないから他の街に避難するというのが難しいとは言え、誰も居ないというのは奇妙過ぎる。
大抵の人が生まれ育った街以外の街に行くことなく骨を埋めるが、他の街に親戚や家族が居る人も皆無ではない。
ワシらが先頭であるのならばともかく、先に別の部隊が同じ道を進んでいるのだから多少は逃げてくる人が居てもいいものだが。
「うーむ、人の不安な顔を見なくてもよいのはありがたいが、逃げてくる人が居らんのは奇妙じゃのぉ」
「父上が顔を見せたから安心して逃げてないんじゃ?」
「王都の者ならばともかく、ここらの者が国王の顔を知っておるかの?」
写真などあるはずもなく、一応肖像画が出まわってはいるのだがそれもその日暮らしの者たちが手に入れれるものだろうか。
「昔は姉上と同様、兵に交じって街道の警備などをしてたって言ってたし、それなりに知ってる人は居るんじゃないかな?」
「ほほう、なるほどの。む? そういえばカルンはシャクアと会った事があるのかえ?」
「直接会ったことは無いね、父上の話と手紙だけ…かな」
カルンの姉のシャクアは物心つく前に嫁入りしてしまい、それ以来城には来ていなかったと記憶してたが、なるほどそうだったか。
他の異母兄弟と違い、血筋的にも能力的にも性格的にもまさしくカルンの姉といった人物なので、一度は会って欲しいものだが、そうもいかないのが王族というものか。
「ま、生きておれば会うこともあるじゃろうて」
「そうだね、生きて戻らないとね」
「なんじゃ随分と弱気じゃのぉ。竜に比べれば人の群れなぞ何するものぞ、悉く蹴散らしてくれようぞ。じゃが無駄に殺すことも無いからのぉ、鎧袖一触されれば大人しく引くじゃろうて。その時に巻き込まれた者は運が無かったと諦めてもらう他ないがの」
「でも、相手には杖があるんでしょ?」
「杖のぉ……」
杖とは神国独自の魔導器の通称、馬車の様な本体に溜めたマナを利用して巨大な火の玉を吐き出してくる魔導器、その馬車から繋がっている発射口が杖型なので杖と呼ばれている。
ワシも直接見たことは無いのだが、講義などの話を聞く限り体内のマナの代わりに馬車に溜めたマナを利用する法術、要するにワシの狐火の超劣化版といったところ。
馬車のマナを溜める機構が王国に無いのは、ここが神国独自の技術か何かを利用しているらしく再現不可能。それにそんなものを運用するよりも、剣で斬った方が早いというのが現状だからだろう。
「マナを利用しておるのであれば、ワシにとってはただの玩具よ。子供から玩具を取り上げるのは気が引けるがしつけの為とあらば致し方あるまいのぉ」
「ねえやの場合、子供っていうのが馬鹿にしてる訳じゃなくて、実際そのくらいだろうしなぁ……」
「まぁの…っと何やら前の方が騒がしいの?」
「ん? 本当だ。何かあったのかな?」
ワシらはいま部隊の後方に居り、沼地へ向かう途中で合流した輜重部隊を前後で挟むように分かれた為、前方とはかなりの距離がある。
なので何を話しているかは分からないが、尋常ではない雰囲気を醸し出しておりワシとカルンは顔を見合わせて首を傾げるのだった…。




