379手間
明朝、魔手を扱うために右袖が肩辺り以外外れるようになっている特注の軍服に袖を通し。
宛がわれた部屋に、後から来たカルンに教えてもらった集合場所の厩前へと行く。
厩前には城壁に阻まれまだ陽は当たっておらず、ひんやりとした空気はワシは平気だが肌寒さを感じるだろう。
「おぬしが厩番かの?」
「はっ…はっ! そうであります!」
厩にて馬の手入れをしていた兵士に声をかけるが、軍には似つかわしくない可愛らしい声が聞こえたので最初は訝しんだような声を出した。
だがすぐにワシの軍服姿をみて、ワシの方が階級が上だと気付いたのか姿勢を正し格式ばった返事をしてきた。
「うむ、ちと相談なのじゃがな。ワシが戦地に行っておる間、この子を預かっててもらえんかの?」
「はっ? えっ?」
ワシに脇から手を差し込まれ、掲げられ差し出されたコハクがこやんと鳴く。
ずっと一緒だったので付いて来るのが当たり前なので今までは気にしていなかったが、流石にこれから戦に赴くというのに一緒に連れて行くわけにもいかない。
なので同じ動物を扱っている厩の者に頼むのが良いと思ったのだが、厩番の兵士は困惑しさてどう返事をしたものかとしきりに首を捻っている。
「私からも頼むよ」
「これは王太子殿下! 了解しました、全力で預からせていただきます」
「すまぬの」
「ところで、自分はこの動物を見るのは初めてなのですが、何を食べるのでしょうか?」
「ふーむ、この子は雑食じゃからのぉ。とりあえず料理の時に出る肉の切れ端でもあげておれば大丈夫なはずじゃ、ネギ以外での!」
「かしこまりました」
今回ワシらは利用しなかったが、ここには兵士たちの為の食堂も用意されている。
兵士だけでなく施設の維持管理をする人なども利用するので、キツネ一匹分くらいの残飯は容易に確保できるだろう。
「ではコハクや。この人のいう事をよく聞いて、大人しくしておるんじゃぞ?」
トンとコハクを地面に下ろし鼻先を突きながら言い聞かせれば、こやんと一声わかったと鳴くのを見てうんうんと頷く。
「それじゃあ、私たちの馬を頼むよ」
「はい、ただ今お連れしますので少々お待ちください」
厩の前でまるで番犬のようにちょこんと座るコハクを残し厩番の兵士が中へ消えていく。
その後、しばしカルンと話をしていると中に入った兵士が馬を二頭、左右に引き連れて外へと戻ってきた。
「おぉ! 竜を退治しに行ったときの馬ではないか!」
「こっちもそうだね」
「はい、お二方の為に先日、城の厩から移送されたそうで」
「そうじゃったか」
頭を下げ頬をこすりつけてくる馬に合わせ、ワシも頬を当てながら厩番の話に返事をする。
カルンは確かめるかの様に馬の首筋を撫で、馬も気持ちよさそうに小さく嘶いている。
「さてと、他の者らはどうしておるのじゃ? ワシはここにと言われただけなのじゃが」
「他の方は既に外で馬の慣らしをしています」
「そうじゃったか、ではカルンやワシらも行くとするかの」
「そうだね」
カルンがこくんと頷いたのを確認すると、鐙も踏まずにひらりと馬の背に飛び乗って、昨日入ってきた一番門から外へと出る。
するとそこには二十名ほどの馬に乗った兵士たち、全員軍服でこれだけ見たらこれからパレードかの様にも見える。
もちろん戦場では鎧を着こむのだが、騎兵の着込む鎧は金属の塊なので行軍中も着こんでいたら兵も馬も疲弊してしまう。
なので後から合流する輜重部隊の荷馬車に彼らの鎧は積み込まれ、本陣にて着替える手筈となっている。
「よし、皆集まったようだな、ではこれより国王陛下の部隊と合流するために出発する!」
この中で最も階級の高い兵の号令に、各々腕を掲げたり気炎を上げ号令をかけた兵に続き二列で街道を進み始める。
その行列の途中にワシらも並んで入り、タカタカと蹄の音を響かせて沼地へと歩を進めるのだった…。




