378手間
見上げる程の城壁、そこに装飾も見目もすべて捨て去った守りのみを追求したかのような門。
ここは王都の軍専用の入り口なので、門が開いたら街ではなく軍の施設へと直通しているらしい。
「うーむ、城壁を見ても帰ってきたーという気分にはならんのぉ…」
「そうだね、お城に戻らないとそんな気にはならないねぇ」
右手で額に庇を作るようにして城壁を見上げるワシと、門を見つめて呟くカルン。
ワシらは王都を出入りするときは、窓のない馬車に乗っていたので実は城壁を間近で見たことが無いのだ。
その上、カルンが物心ついてから王都から出たのは軍の演習…というか竜退治の際と今回の留学の二回のみ。
カルンとしてもワシとしても、懐かしいなどと感じるのは城の中ということだろう。
「一番開門!」
「一番開門!、一番開門!」
城壁を見上げ物思いにふけっていると、ワシらを護衛していた先頭の者が開門を要求し、ややあって城壁の見張り用の隙間から復唱する声が響いてきた。
ギギギギと重苦しい音を響かせながらゆっくりと開く門だが、これは体格の良い者であればもしかしたら両開きの扉といった方がしっくりくるかもしれない大きさしかない。
だいたい武装した騎兵が二人、馬に乗って多少余裕をもって通れるか程の大きさだ。
もちろんそれでは大人数が外に出るには不便なので、ここに一番と名が付いているように二番、三番と門があるらしい。
複数門があることによって城壁に敵が取り付いても迎撃しやすく、万が一どこか一か所が墜とされても一つの門を小さくすることによって、一度に雪崩れ込まれないようにしているのだと軍学校の講義で習った。
ワシらが馬車から降りているのもそれが理由で、普通の馬車であれば問題ないのだが一回り大きい馬車に乗っていたので、そのまま乗り入れることが出来なかったのだ。
「お待たせいたしました。それではご案内いたします」
「あぁ」
ズンという重い音と共に門が開ききると、ワシらを護衛している兵の一人が恭しくお辞儀をして、カルンがそれに一言だけ答える。
門の内部は城壁の厚さ分のトンネルとなっており、両脇には槍を突き入れたり矢を射かけるための隙間が開いてており、何とも防衛に徹底しているな等と一人感心する。
その短いトンネルを抜けると二、三十人は馬に乗って待機できるような広場になっており、それを囲むように厩や各種大小様々な石造りの建物がたっていた。
その中でも一際大きく頑丈そうな二階建ての建物へと入り、指令所や作戦会議室の様な大きな机が真ん中にある部屋へと案内された。
「長旅のお疲れもあるとは思いますが、明朝に出立する第三陣と共に行っていただく予定で御座いますので、何卒ご容赦いただければ」
「よい、国家の大事。疲れたから休むなどと…それよりも現在の状況を」
「はっ、現地からの報告によりますと、ヴェルギリウスの奴らの先陣は既に沼を渡り切り、そこで後続を受け入れるための簡易の陣を敷いているそうです」
カルンの言葉にビシッと背筋を伸ばした兵士の一人が机の上に置かれていた地図、といってもパッと見ただけで縮尺も適当な何となくこうだろうといった程度のモノの、沼地と書かれた地点を指さして答える。
「我々は間に合いそうか?」
「それは問題ないかと、先陣の奴らは沼を素早く抜け陣を敷く為の最低限の装備しかしていないそうで、我々と当たっても容易く蹴散らされるのが目に見えておりますので」
王国とヴェルギリウス神国の間には、今も小競り合いを続けるまさに戦国時代な小国群の他には、広大な沼地だけが隣接し合っている。
海もつながってはいるのだが、神国側の海岸は岩礁地帯となっており、そのせいで海流も複雑になりお互い船で攻め入るという事は不可能になっている。
なのでお互い横槍を避けて比較的安全に行き来するには、沼地しかないのだが、実はこの沼地が厄介で風光明媚な湿地帯という訳では無い。
ワシも話に聞いただけなのだが、常時大雨か川が氾濫した後の様な光景で、板で道でも作らない限り大軍が移動できる環境では無いそうだ。
そして極めつけに魔物の一種である粘塊の生息地にもなっている、その代わりといってはなんだが良質な泥炭の産地でもあるという。
だが残念なことにその殆どは神国側の領土であり、あまり背の高い草も無く偵察も難しいので沼から先の様子は分からないという。
「まだ杖の姿も見えておりませんので、開戦までには余裕があると思われます」
「分かった。ところで父上は如何されている?」
「はっ、国王陛下は第一陣の歩兵部隊と共に現地へと既に向かわれております」
「そうか」
指揮官先頭どころか国王先頭とは…否が応でも兵たちの士気は上がるだろう。
向こうは王が直接出てくるのだろうか、もしそうであればワシ直々に直接ぶん殴ってやりたいところだ。
なにせ向こうの王は、我こそは真なる神であると痛々しい大言壮語を宣う誇大妄想癖持ちの様なので、ワシの拳で治療してやらねばならない。
細かい話はカルンに任せ、明朝出発の為に宛がわれた部屋の中で、どの様にして血祭りにあげてやろうかと考えている内にいつの間にやら夜が更けていくのだった…。




