4手間
シャワシャワ、チチチと風の音や鳥の鳴き声を背景に自分の右腕を眺める。
大人の胴体でも掴めるであろう巨大な手。
その先端はまるで三角錐のような鋭い爪、それがまるでそのまま指になったのかのよう。
その鋭い指を伸ばしたら地面まで届く長さの腕。
白磁のような肩を見れば、そこには女神さまにもらったものがある。
ビー玉より一回りほど大きく、光を一切反射していない。
まるで光を吸い込んでいるといったほうがいい漆黒の宝珠。
その周りをオーラの様に、血のような緋色が揺らめく。
二の腕から先はその宝珠と同じ色の肌。
そこに葉脈や血管のような線が走り、その中を宝珠の周りと同じ緋色が流れる。
腕全体からは漆黒と緋色の煙が立ち上り、決して交じり合う事無く揺らめき、すぐに掻き消える。
悪魔の腕、呪われたとか、そんな言葉が相応しいものが右腕に成り代わっていた。
女神さま曰く、これは「宝珠の魔手」というマナを喰い破壊するもの。
ため息一つ戻れと念じれば、まず手の大きさや腕の長さが本来のものに戻る。
そして指の先から右腕全体を覆っていた漆黒が、波が引いていくように宝珠に吸い込まれ消えていった。
これをもらった時に思わず、禍々しくて迫害されないかと聞いたほどだ。
どうやら、迫害されたり嫌悪感を持たれるのは穢れたマナを利用したもので。
宝珠は純粋なマナの結晶であり、敬わられる事はあれども咎められることはないそうだ。
色なんかも千差万別で、同じ色だから同じ血族だとか、
赤色だから炎の魔法が得意とか、そういうことも無いらしい。
既に女神さまにあの真っ白な空間から送り出されているが。
さすがにあのまま、裸でと言うこともなく。
この宝珠と装備をもらって、どこかの森の中の湖畔に立っていた。
右腕を確認し終わって、今度は自分の服装を見ようと湖に近づく。
水面を覗けば、お腹の部分が鳩尾まで大きく開いたワインレッドのベスト。
デニムのローライズホットパンツに、黒い無地のニーソックス、ブーツと一体化した鈍色のグリーブ。
腰には刃渡りがこぶし二つ分の両刃のナイフが鞘に収まっていた。ナイフの刀身はマナを通しやすいミスリル製。
ここまでの装備はこの世界で一般的に手に入る素材でできており、特に面白みもないものらしい。
しかし一つだけ、黒のチョーカー。これだけはまず一般的には手に入らないものに当たる。
これはマナを注ぐと、腰までの大きさの、前が大きく開いた黒地に赤いチェック模様のポンチョへと変化する魔法の一品。
このポンチョは自由に出し入れできるだけでなく、寒暖無効の効果というとても便利な機能付き。
さらに出し入れしたときに、汚れや破損が自動修復されるという。
ポンチョを出すためにチョーカーに指を這わせ、そのまま顔をなでる。
そういえば女神さまに鏡で自分の姿を見せてもらったときは、顔をよく見てなかった。
キリッっと吊り上がった、髪の色と同じ眉。
これまたキリッっと吊り上がった、気が強い女の子の典型みたいな目。ツンデレが似合いそう。
その目を飾るのはこれも髪の色と同じ白銀の、ばっさぁって擬音が聞こえそうなほど長いまつ毛。
瞳はアイオライトの様に見事な菫青色で、上瞼に隠れる程大きく丸々としている。
サファイアよりも紫色の強いそれは、まさに宝石のようで、それ以外に例えようが無い。
瞳から目線を下げた先にはちょっと小ぶりのかわいい鼻に、ご機嫌と形容していいニッと口角が上がったかわいらしい口。
真ん中できっちり分けられた前髪に、胸の高さまで伸びる癖の無い白銀の髪。
「うむ、我ながら美少女じゃの」
なーんて自画自賛しつつ湖面に向かって百面相していれば。
後ろのほうから聞こえたバキバキバキと木が折れる音に振り返る。
その目線の先、三十メートルほどの所に、熊の手とライオンの顔をもったゴリラのような、
額に玉のようなものが見える動物がこちらめがけて走ってきていた。
「額に宝珠、ということはこやつ魔物か!」
鞘からナイフを取り出すと、魔物は既に目の前にまで迫っていた。
大人の胴体ほどもある右腕を振り上げ、思いっきりこちらに振り下ろしてくる。
それを避けることもせず、振り下ろされた鋭い爪を左手に逆手で持ったナイフで受け止める。
さすが元々身体能力の高い獣人女性、そこに宝珠による能力向上、さらに女神さまの加護。
魔物がまるで驚いたかのように、グルァアと唸り声をあげれば、それと同時に力を籠め魔物の腕を跳ね上げた。
跳ね上げた勢いそのままにジャンプし、魔物の顔を切りつける。
「なんじゃ、この硬さは!」
鬣ごと顔を切り裂こうとしたにも関わらず、まるで鋼鉄を切りつけたかのように弾かれ左手がしびれる。
若干涙目になりつつ、跳ね上げられた右腕、次いで左腕と振り下ろされた、まるで暴風のような魔物の一撃を避ける。
そして煩わしいとばかりに、乱暴に右に薙ぎ払われた左腕を飛び越える。
頭上を飛び越え嫌がらせとばかりにナイフで叩き、ハンドスプリングの要領で背中に回り、そのまま魔手で魔物の背を抉る。
魔手を突き刺したまま背中に足をつけ、魔物の心臓部たる魔石を握りしめて思いっきり引き抜く。
そのままバク宙をして地面に着地。その一連の動きに「ワシすごいのぉ」なんて頷く。
魔石を失った魔物は崩れ落ち、地面に倒れる前に塵と消える。
その様に驚くが、そういえばと女神さまの話を思い出す。
魔物は肉を持つ魔獣と違い、その身は完全に穢れたマナで構成されている。
そのため、心臓に当たる魔石と、その魔物の象徴たる牙や爪以外は死んだときに塵になると
そういう風に一応、女神さまに聞いていた。
「実際見ると結構びっくりするのぉ」
魔手を戻し、地面に残された魔物の爪と、右手に持った魔石をそれぞれ左手で触る。
その状態で収納と念じれば、それらが一瞬で消えた。
これは、左腕に着けている、飾り気のない銀色に宝珠と同色の涙型の宝石のついたブレスレット。
その名も収納の腕輪。その名のとおり、あらゆるものを収納することのできる腕輪。
これは、ハンターギルドで貸し出される程度にはこの世界に普及したもので、
入れられる容量内であれば、草木を除く生き物以外はいくらでも収納できる。
一応女神さま謹製ということで、ギルドで貸し出されるものと違い、容量無限のチートな一品。
この体と魔手のチートっぷりを確認しつつ、森に出たらこちらに進みなさいと、女神さまに言われた方向に歩いていく。
髪型の描写忘れてたので追記