377手間
ガタゴトと揺れる馬車の空気は重苦しい、だが問題は無いそれが当たり前なのだから。
これから戦に赴こうというのに、ピクニックに行くような気分であれば、それはもう何処かおかしいとしか言いようがない。
「ねえやは…ねえやは、恐ろしくない?」
「何がじゃ?」
カルンがワシの名を呼び、一度顔を逸らしてから躊躇いがちにもう一度口を開く。
「その…人を殺すのが……」
「ふむ…確かにそれは相手が人であれば恐ろしいのぉ…」
「人で…あれば?」
「そうじゃ、ワシは既にどれほどの盗賊どもの首を刎ねたかは知らぬ。だが奴らは人を襲い奪い殺す、魔物と同じじゃ。なれば手に掛ける事を何恐れるものか」
大抵のハンターはそう割り切っている、もちろん盗賊は魔物同然でその首には賞金が掛かっていようとも、切ることに戸惑いを覚える者や忌避する者もいる。
もちろんそれ自体を咎めたりバカにする者は居ない、人として当然の反応だから。
だが盗賊に情けをかけ見逃したところを、後ろからバッサリなどという話にも事欠かない。
だからこそ、大抵のハンターは盗賊は人でなしと割り切って殺すのだが…。
「だけど今回は…」
「盗賊相手ではない…と、そう言いたいのじゃな?」
俯いたままコクリとカルンが頷く、もしここにスズシロが居れば何か意見が聞けたかもしれない。
けれどもその願いはもう叶わない、すでに国を隔てる山脈へと差し掛かり道中…いや今まで一緒に居てくれたスズシロら侍中とは分かれている。
竜騒ぎで封鎖されていた山脈を通る道が解放された為、そこを通りワシらは王国へと帰っているのだ。
港に行かぬことを疑問に思ったワシに、スズシロが教えてくれたのだが、よくよく考えれば早馬が来たのだ。山脈を通った方が船を使うよりも早く二国間を移動できるので、こちらが使えれば使うのは当然だろう。
っと…いまはそんな事よりもカルンだ。
「やつらのやり口は知ってるであろう?」
「確かに知ってはいるけれども」
異教徒からは奪っても良い、それが物であれ命であれ何でもだ。
奴らから見たら異教徒の持つモノは我らが神から奪ったモノであり、それを神の僕である我らが取り返すことにより神の手に戻るのだと……。
全く…神を騙るだけでも腹立たしいというのに、まさしくその思考は教義にかこつけた盗賊そのものではないか。
「奴らの考えは盗賊そのものじゃ! なれば切ることに何のためらいがあろうか。ワシらがやらねば奪われるのは何も力ない者たちぞ」
「そう…だよね、民を守らないと…だよね。それにしても、ねえやは何というか昔から神国のこと嫌いだよね?」
「なんじゃ藪から棒に」
決意を固めるような口調と雰囲気だったのがふっと和らいだと思うと、突然カルンがそんなことを聞いてきた。
「なんて言えばいいんだろう、昔から神国のこととなると今すぐにでも飛んで行って、殴り倒しそうな雰囲気なんだもの」
「それは当然じゃろう。神が複数いるのは良い、一柱では色々大変じゃろうしな。どの神を信仰するのも良い、人の考えはそれぞれじゃからな。じゃが! 人でありながら己を神と騙り、あまつさえ女神さまが偽の神じゃとぉ……」
「お、おちついて。落ち着いてねえや、なんか出てる気がするから!! こ、これからその人たち倒しに行くんでしょ? そこで発散して?!」
「ふ…ふふふ、そうじゃったな…そうじゃったな。くふふふ、女神さまを馬鹿にしたこと地獄の果てで後悔させてやるのじゃ」
「じ…じごくって何処だろう……」
ワシが黒いものを立ち昇らせ、現実逃避するかの様にカルンが的外れなことを呟いている同じころ、王国から来た周囲で護衛している者たちがそっと馬車から距離を離したとかなんとか……。




