376手間
ワシらの下に早馬でやって来た、赤味の強い茶髪を坊主に近い程に切り詰めた髪型が印象的な軍服姿の男。
それがワシとカルンが並んで座っている机の対面に、跪き頭を垂れている。
「遠路はるばるご苦労だった、面を上げよ」
「はっ。この度は王太子殿下とご婚約者様に拝謁の名誉を浴しましては…」
「急使なのだろう? 挨拶はいい要件を」
「かしこまりました」
王太子モードのカルンがその男に対応する、伏せていた顔を上げれば鳥を射止めんとするかのような鋭い眼もとにギュッと引き結ばれた口。
早馬で駆けて来たからだろう、だいぶ疲れが滲んではいるものの、焦燥感は感じさせないのでそこまで深刻な要件では無いのだろうと少しほっとする。
「聖ヴェルギリウス神国が、我が国に対して声明を発表致しました」
「声明だと?」
カルンが怪訝な声を出すのも仕方がない、声明程度であればそもそも連絡が来ないか手紙で知らせられるぐらいであろう。
なのにわざわざここまで急使が来た、ということはあまり良くない…いや、確実にろくでもない声明ということだ…。
「はっ。奴らめ以下の様な声明文を送ってきました、これは写しではございますが…」
いかにもあいつら忌々しいことをしてくれたという急使の声音に、ますますろくでも無い事だという予感がいや増す。
スッと差し出された紙をカルンが受け取り、その文を読み進める程に眉根を寄せている。
ほどなくして文を読み終わると、ワシにも読めという事なのだろう急使に返さずワシに差し出してきた。
文の殆どは、聖ヴェルギリウス神国を治める神を僭称する王を褒めそやす美辞麗句に彩られ実にけばけばしいが、要点を…言いたいことを一言で表すならばこうだ。
「これは…宣戦布告ではないかえ……」
お前たちのいる土地は神様から奪った土地だからさっさと返せ、でなければ力尽くでも奪い返すと、そんな感じの内容だ。
神を僭称している実に許し難い所を除けば実にありきたりといっては何だが、物語でもお伽噺でもよく聞くいちゃもんの付け方だ。
「ですので王太子殿下とご婚約者様には国へお戻りするよう国王陛下からの文を、誠有難くも預からさせていただきました」
明らかに先ほどの文とは重要度が違うと言わんばかりに、恭しく差し出された文をカルンが受け取る。
「確かに…これは父上の印。分かりました即刻帰国しましょう。貴様は先に戻り私が戻ることを父上にお伝えするのです」
「はっ。その役目確かに拝命いたしました。それでは御前失礼いたします」
急使の男は一度深々と頭を下げると、キビキビとした動きで部屋を辞していった。
「ふーむ、宣戦布告の割にあの男、焦ってはおらんかったのぉ」
「向こうはまだ沼を越えれてないんじゃないかな? 陣もしけてないんじゃ日を指定することも出来ないだろうし」
「あぁ、そういえばそうじゃったな」
宣戦布告というと如何しても同時に開戦、戦闘開始というイメージがあるが、ここでの戦争というのは大規模な決闘の様なものなのだ。
正々堂々を是とする騎士の戦いというのもあるが、闇雲に戦って魔物に付け入る隙を作らない為でもある。
これを横紙破りする者がいれば覇道を唱えれそうなものであるが、そうすれば他国だけでなく自国の民からも卑怯者の誹りを受けるのでやる者はいないらしい。
「スズシロや」
「すでに女皇陛下はお話を聞いておりますので、帰りの足は既に用意させております。明日ご挨拶を、明後日には出発の予定で御座います」
「ふむ…よもやこのような形で戻ることになろうとはのぉ…」
「私どもからセルカ様を奪うなど…神国許すまじ」
「落ち着いたらまた来るからのぉ……」
「ぜひともぜひともお願いいたします」
鼻息荒く頭を下げるスズシロに苦笑いしつつ慌ただしく帰国の準備をし始めた周りの者を尻目に、ワシはカルンとのんびりとお茶をするるのだった…。




