375手間
ワシらがこちらに来てから早数日、皇国は夏真っ盛りだがここに明確な季節といった言葉は無いので、住む人たちにしてみればただ単に暑い頃だろうか。
といっても今回の暑さは異常なモノだとスズシロは言う、その証拠に暑い時季にも慣れているスズシロらも辛そうだ。
多少抜け替わり毛足が短くなったとはいえ、もふもふのコハクはまるで毛皮の敷物かの様に足を延ばしてぐったりとしている。
そして、ここまでの気温の変化が少ない王国出身のカルンは、それはもうものの見事にだらけきっている。
「情けないのぉ…ほれもっと気合いを入れんか」
「何で一番暑そうなねえやが、一番平気そうなの」
縁側に座り、足元の桶に水を張りそこに足を入れて涼を取っているカルンが、心底気怠そうにワシへ向いて言う。
「平気そうではない、平気なのじゃ。考えてもみい、炎の巨人の傍はこれなぞ寒い程じゃぞ? その傍でも平気だったのじゃ、これくらいどうということは無いのじゃ」
「あぁ…。それにしてもこの暑さ何が原因なんだろうねぇ…」
納得したのかカルンは空へと向き直り、晴れ渡る空を恨めしそうに眺めはじめた。
「恐らくではあるのじゃが、霊峰フガクが噴火した際に巻き上げられた火のマナが、今降り注いでおるんではないかのぉ」
「てことは王国も暑くなってるのかな」
「さて、どうじゃろうのぉ」
可能性としては十分あり得る、何にせよこの暑さにやられる人が少なければいいのだがと切に願う。
特に暑さに慣れていない王国では、熱中症すら致死の病になりかねない。
「ほれ、カルン。これを飲んでおくのじゃ」
「ありがとうねえや…ってこれちょっと味が変?」
「うむ、水に少し砂糖と塩を混ぜておるのじゃ」
コトンと差し出した湯のみに入れた水を、カルンがよほど喉が渇いていたのだろう一気にあおり、そこで漸く味が付いていることに首を捻った。
「何でそんなことを?」
「こういう暑い時にはの、水に少しの塩や砂糖を混ぜて飲むと倒れにくいのじゃよ」
「そうなんだ…でも、もうちょっと冷たい水が良かったかな…」
「それはダメじゃな。あまり冷たいものを飲むと腹を下すからのぉ」
カルンに出した水は所謂常温のモノ、気温や体温よりは低いので多少冷たくは感じるだろうが、それでもぬるいといわれる温度。
カルンとしては清流や井戸水の様に冷えた水を飲みたいのであろうが、せっかく体調を崩さぬための水なのにそれで腹を下しては本末転倒。
腹を下すのは嫌だと思ったのか、カルンも渋々とだが了承してくれた。
「この巡りの内は無理であろうが、この国は寒い時季もあるという話じゃからのぉ…その頃にまた来てみたいものじゃ」
「なんかもう帰る様な言い方だけど、まだ半分くらいあるんじゃない?」
「ん? それもそうじゃったな」
こんな風に日々のんびりと過ごし、暑さが和らぎ常の気温に戻ろうかという頃、ワシらの下に早馬に乗った者がやってくるのだった…。




