374手間
海へ行った翌日、女皇に呼ばれ五畳ほどの広さの茶室でワシと女皇、スズシロの三人だけで寛いでいる。
カルンは付いて来ていないのは、女皇がそう指定したからというのもあるが昨日の一件以来、カルンがワシを避ける…というよりもアレは恥ずかしがって顔を合わせられない状態というべきか。
結局、昨日はワシの水着の替えはあったのだが、カルンはあのまま屋敷に帰ってしまったのでスズシロと二人のんびりと過ごし終わってしまった。
まったく…胸がはだけたのを見ただけであの反応とは…。
「まぁまぁ、何とも王太子殿は初心なようで…セルカは今後苦労しそうですね」
「うむ、まったくじゃ。折角、女皇がすぐに許可をくれたというに」
あの様子では、嫁を…王太子妃もしくは王妃を貰った時にどうなることやら…寝室から逃げ出す王太子、王など情けなくて仕方ない。
「しっかし、おぬしそんなに砕けた物言いじゃったかのぉ?」
「この部屋では女皇ではなく私人として振舞っているので、セルカも私のことはこの部屋では女皇と呼ばず、ミズクもしくは母と呼んでも良いのですよ?」
「まだ諦めておらんのかったかえ…」
「諦めるも何も、まだセルカから明確な拒否は貰ってませんもの」
「む、そうじゃったかの。なれば断るのじゃ! 何よりスズシロから話は聞いておらんのかの?」
最初に会った時に言われた自分の養子にならないかという提案、あれから何も言ってこないしとっくに諦めていたと思ったが。
それにしても、ワシの歳のことはスズシロから聞いていると思ったのだが…。
「申し訳ありません、流石に御歳の事となると私どもの口から告げることは憚れまして」
「ふむ……確かに自分の歳を言いふらされるのは良い気分では無いしのぉ…」
「歳…?」
「うむ」
歳の話をしようとスズシロの入れてくれた冷茶を啜り、そのひんやりとした飲み心地にどうやったのかと話が逸れる。
ちなみに冷茶の入れ方は、深煎りの茶葉に城の地下にある井戸から汲んだ冷たい井戸水を加え、同じく地下にある食料保存用の涼しい氷室の中で一昼夜置くらしい。
氷室の氷は驚くことに池に氷が張るほどの寒さになる時期が何度かの巡りに一度あるらしく、それをワシの使う法術、こちらで言う魔法で保存期間を延ばし使っているという。
確かに一から氷を法術で作るには結構なマナが必要となる、だが既にある物を冷やすような使い方であれば、それを生業とするような専門の者でもいればマナが少なくとも不可能なやり方ではない。
とまぁ、こんな感じで脱線しつつ女皇…ミズクにワシの歳の話をする。
「な…なんと…」
「という訳での。そうはせぬが、逆ならばともかくワシがおぬしの子になるというのはの」
正に絶句という表情で、両手で口を押えているが当然の反応だろう。
いや、目だけはキラキラと輝いている……なんだか嫌な予感がと身構えた瞬間、ミズクが両手を伸ばしガッシとワシの両肩を掴む。
「いえいえいえ。全く、そう全く以って私は気にしませんとも。若くして子が成せぬ領主などが、自分より年上でも優秀な者を養子に迎えるなどよくあること」
「じゃがのぉ…多少どころでは無いのじゃが?」
同い年や多少は年上程度ではない、ご先祖様と子孫レベルで歳が違うのだ。
「えぇ、えぇ、えぇえぇ。そうです、その通りです。でも私は気にしません、なにせ見た目は母子ですもの! それよりも、そうそんな事よりも今は大事なことがあります」
「なっなんじゃ…?」
確かに見た目は親子といっても、文字通りの毛色が違う事を除けば過言ではない。
だがそれよりも大事なこととはいったい何だろう、ギリギリと強くなる両肩に伸ばされた手の力に、嫌な予感がいや増しながらミズクの口が開かれるのを待つ。
「その歳でその見た目を保つ秘訣を! 秘訣を!!!」
「お、おぉぉぉ。茶が…茶が……」
ミズクがワシの両肩を持ち、前後にガクガクと勢いよく揺らす。もちろん抵抗することは容易いがそれだとミズクが腕を痛めてしまう。
両肩を揺らされるという事は、必然そこから伸びる腕も揺れることとなる、置く機会を逸したお茶が湯のみの中でチャパチャパと揺れるが幸い先ほど飲んだおかげで飛び散ることだけは防がれている。
ここまで歳の話で興奮するとはと思ったが、冷静に考えてみれば当然だ。
古今東西、ありとあらゆる世界だろうと若さと美貌を保つのは、女性の至上命題といっても何らおかしくはない。
スズシロにちらりと視線で助けを求めるが、彼女の目も「私にも教えてください」と雄弁に語りミズクを一切止めようとしていない。
この集まりは昼を食べ終え少し腹がこなれた頃に始まったのだが、この暴走する女皇を止めるころにはすっかり陽が赤く染まっていたのだった……。




