371手間
夕食をカルンの部屋で食べさせながら食べ終わると、カルンに部屋から追い出されてしまった。
久々に一緒に寝ようと準備をしようとしていたら、それはもう大慌てで。
流石にもうすぐ成人という年齢では恥ずかしかったか…。それに仮の婚約とはいえ婚前に同衾というのも外聞が悪いだろう。
特にカルンは誰かお嫁さんを貰うのだ、その時の為にも致し方あるまい。
そんなことを考えつつ夕焼けの中を、籠に揺られながら社へと上機嫌のまま戻る。
「お帰りなさいませ神子様。おや?」
「うむ、今戻ったのじゃ」
ワシの出迎えの為に、頭を下げていたナギが顔を上げワシを見るなりパッと表情を明るくさせる。
「そのご様子ですと、良い方向に転がったようですね」
「うむ、おぬしにも心配をかけたの」
「いえ、神子様がお元気になられたのであれば、何よりでございます」
ニコリとナギは微笑んで、視線を共に帰ってきたスズシロへと移す。
「スズシロ、王太子様の御容態はどうでしたか?」
「セルカ様の手当ても良かったのでしょう。大事をとって休んではおりますが、傷も動くにはほとんど問題ない程に」
「なんと…ヒューマンなのに凄いですね」
「えぇ、本当に。男にしておくのが勿体ないほどで」
スズシロとナギは褒めてるのか微妙によくわからない評価を下しているが、致し方ことではある。
なにせ獣人はヒューマンに比べて傷の回復なども早い、恐らくはマナ耐性が高い…つまり体内のマナの平均が、ヒューマンの平均より多いことが起因しているのだろう。
カルンは宝珠持ちなのでさらにその上を行くのだが、とはいえワシが見た限りまだ体を動かすと、傷が開く可能性があると思うので止めて欲しい。
「大事を取ってとは言うものの、ワシとしてはもっとしっかりと傷を癒すまでは休んでおって欲しいものじゃ」
「えぇ承知しております。癒えたばかりの体に、森はきついですからね」
スズシロは委細承知とばかりに口角を上げているが、あれはワシら獣人の基準で考えている顔だ。
だが流石のスズシロでもカルンに早々無理はさせないだろう、それよりもワシの脳裏に良い考えが浮かんだ。
「よし、それでは暫くカルンの下に通うとするかの」
「それは良いお考えでございますね」
ぽんと手を合わせナギが同意してくれる、彼女が同意してくれるのはある意味当然であろう、なにせその間は狩りに出ないという事なのだから。
問題は護衛をしてくれるスズシロなのだが…彼女もうんうんと頷いて同意してくれた。
少し意外だったので理由を聞いてみれば、スズシロはこんなことを言ってきた。
「文官どものあの悔しそうな、何ともいえぬ顔を見れるのは痛快ですからなぁ」
「なんじゃそれは…」
文官の居る屋敷は男所帯、そこに世話を焼く美人で可愛くて器量よしの女性が来れば羨ましいと思うのは理解できるが、なぜその反応が痛快なのだろうか。
そう思っているとスズシロは、聞くまでもなく理由を語ってくれた。
「城の文官ども。強い女は魅力的だが、強すぎると今度は女らしさが無くて詰まらないだのと……」
「お…おう……」
よほど恨み骨髄に徹しているのか、ギリリと奥歯でもかみ砕きそうなほど憤怒の表情だ。
強い女性が意外とモテないのは、女性が強くそれを尊ばれるここでも同じなのかと、目を瞑り何とも言えない表情になる。
だがまぁ…スズシロにも心配をかけたのだ。そのスズシロの鬱憤が少しでも晴れればよいかと、嘲笑の対象になる文官たちの不幸からそっと目をそらすのだった…。




