366手間
防人側の準備が整うまで数日を要してしまったが、ようやくワシとカルンも参加することが出来た。
今回行うのは森の中に分け入っての魔物討伐、街の巡回は論外ワシがいては仕事にならぬ。
街道の巡回も同じ理由で除外され、残るは訓練か討伐かということで討伐と相成った。
そして今いるここは以前来た森とは違う、主街道に隣接した森のはずれ。
「ふむ、先日の残党狩りとは違うのじゃな」
「はい、こちら側から来る小角鬼たちが、巡回の間隙を突いてくることが多くなったと報告を受けましたので」
「ふむ」
「それだったら巣を潰しちゃえばいいんじゃない?」
「いやいやカルンや、そういう訳にもいかぬのじゃよ」
防人とはその名の通り、積極的に攻めに出る組織ではない。
その人員の殆どは、街や街道の巡回警備に充てられている。これは防人が徴兵制度による兵隊ということも関係している。
基本的に好戦的な気質の獣人とはいえ、みんながみんな戦い大好きという訳ではないという訳だ。
そして防人において最も好戦的な任務、それが森の中に分け入っての魔物、野盗などの討伐。
これに当たるのは、防人の中でも特に戦闘に長けた者たちだからこそ上記の理由もあり少数精鋭になってしまい手が足りないという事が往々に発生してしまう。
「えぇ、巣を潰しに行く人手が足りないのです」
「だったら、今日はねえやが居るしいけるんじゃ」
「それが出来れば良いのですが…」
「うむ、そうじゃぞカルン。そうそう巣を潰すわけにもいかぬのじゃ」
「なんで? 人に被害が出てるんでしょう?」
「カルンや、薬などには何が入っておる?」
「薬…に?」
薬に限らず武器などなど様々な物に魔石や魔物の角などの素材が含まれている、当然魔物を根絶やしにすれば安全になるがこれら素材も手に入り辛くなる。
武器であれば多少手に入り辛くなったところでそこまで問題にはならないが、薬となればそれはもう大問題だ。
「という訳じゃな、薬が滞れば命に関わるが魔物を蔓延らせても命に関わる、まさに痛し痒しじゃな」
「じゃあ何でこの間、ねえやは巣を潰したの?」
「それは木を手に入れるためというのもあったが、一番は旧街道とはいえ街道に巣が近かったからじゃな。街道が歩きやすいのは人だけではないということじゃ」
「なるほど…」
「王国ではこの手のことは冒険者任せじゃからの、兵がするのはせいぜい街道の警備と大きな巣への対処くらいじゃろうしの」
王国では兵隊というのは徴兵ではなく募兵、防人が里を守る任に就く者が前身なのに対し王国の兵は戦をするための兵隊がそのまま続いているという違いもある。
だからこそ街道など以外の魔物の討伐や素材の収集という雑用の為に、冒険者などという職業が出来たのだが。
ヒューマンは獣人に比べて、戦える者と戦えない者の差が激しいというのもあるだろう。戦うしか能がないが、兵隊という規律は性に合わない者が冒険者になると。
そう言うものが身を崩して野盗になるのを防ぐ受け皿にも冒険者という存在はなるわけだ。
「なるほど…」
「そういう事を知るためにおぬしはここに来ておるわけじゃからの、知らぬを恥じる必要は無いのじゃ」
何にせよいつまでもおしゃべりをしている訳にもいかない、森の中での巡回ルートを熟知している防人を先頭に森の中へと分け入っていく。
獣を狩るのも魔物を討伐するのもやることに大差はない、獣道を中心に探索しその痕跡を探る。
そう考えれば魔物の方が易しいだろう、小角鬼は基本的に集団で動くし大抵の野生動物より大きい。
となれば必然とその痕跡は大きく辿るのも容易くなる、正直なことをいえばそんな痕跡を辿らずともワシであれば魔物の発するマナで居場所は分かる。
洞窟の中などの岩や厚い壁で遮られたら困難だが、森の中くらいならば造作も無い。
「いました、それなりに大きい集団のようです」
「ふむ……」
だがそれでは色々と良くない、しばらく先頭を行く斥候役の痕跡を辿る技術を盗み見ながら進んでいると、手を上げ停止の合図を出し小さく低い声でそう告げられた。
数は十一、なるほどそれなりに大きい集団だ。それに魔法が使える奴まで混じっている。
「十一といった所じゃろうな、元の巣は巣分れ間近かのぉ」
「確かにあの数であれば…」
ゲキャゲキャと手にした棍棒でまるで子供のように周りを叩きながら歩いている小角鬼たちは明かにこちらに気づいていない。
さてどうするかと防人を見やれば、斥候役の者が腰に引っ掛けていた森の中でも取り回し易い短弓を手に取り、矢筒から矢を取り出してつがえ出した。
「私が射かけますのでそれを合図に」
「うむ、承知した。ではカルンや例のアレを…」
「アレのお披露目ですね!!」
流石に声は抑えているが、ワシの言葉を食い気味に弾んだ声音でカルンが両手で拳を作る。
「……使わぬようにの」
「な、なんでですか」
「よく考え…る必要も無いじゃろう、こんな森の中でじゃぞ?」
「あっ」
「じゃがマナを纏わせるのはアリじゃがな」
炎を剣に纏わせる、そんなことを森の中ですれば…結果は火を見るよりも明らか、いや火を見る事になるだろう。
あからさまにがっかりしているカルンだが気を持ち直して剣を構える。
それを見てワシがコクリと頷けば斥候はつがえた矢をギリギリと引き絞り、パンッという軽い音と共に小角鬼目掛けて矢を解き放つ。
矢が放たれたのを合図に、ワシは矢と木々を挟んで並走しつつ、小角鬼の集団へと肉薄する。
小角鬼の集団へと矢と同時に飛び込むと、矢はまさにお見事な手前で小角鬼の頭へと突き刺さり、ワシの飛び膝蹴りも矢と同じように魔法使いの小角鬼の頭へと突き刺さる。
「残り九じゃな」
ゴキリと首が折れ、グチャリと頭の中がかき混ぜられた感触が膝から伝わる。
哀れな小角鬼が倒れる前に素早く振り返り、右左と繰り出した拳が二匹の小角鬼へと炸裂する。
その後はまさに一方的、突然のことに混乱した小角鬼たちは混乱が納まるどころか何が起こったかを知る前に物言わぬ骸と化した。
「セ、セルカ様…」
「おぉ、ようやくかえ矢以外は遅かったのぉ」
「いえ…お言葉ですが、森の中で矢に追いつくというのは…。それに我らの分も残していただかなければ」
「それはすまんかったのぉ」
パンパンと手を払いつつ、スズシロも根っこは狩りとか大好きなのだろう先に飛び出した事より、獲物が居ないことに苦言を漏らす様に小さく笑う。
「次は後ろから、のんびりと追うことにするかの」
小角鬼の角をナイフで切り取りつつ呵々と笑う。
この素材回収の為にわざわざ手加減をして素手で殴ったのだ。綺麗に形が残っていることに満足しつつ、どうしても心臓の位置にある為に汚れてしまう魔石の回収はちゃっかり防人に任せて、ワシは次の獲物求めて周囲へと気を巡らせるのだった…。




