365手間
体を動かした後のごはんは一層美味しい、だというのにカルンはお腹をさすり一向に箸がすすんでいない。
「どうしたのじゃ、カルンや。腹の調子でも悪いのかえ?」
「いや……ねえやが」
「んん~? ワシがなんじゃて?」
「急にお腹殴るからさ…それがまだ痛いんだよ。なんであんな事したの?」
「カルンや、理由が分からぬと…?」
「女性に年齢の話はダメってのは分かるけど」
「けど…なんじゃ?」
箸をパチリとわざと大きな音を立て箸置きに乗せ、カルンへと微笑みながら聞き返す。
「ね、ねえやはそういうの、気にしてないと思ってさ……」
「ほほぉう……」
「王太子様。こういう話題は、いかな歳の者でも触れるようなことではございません」
「えーっと…やっぱりねえやも気にするの?」
ワシの目にもスズシロの少し咎める口調にも、おずおずとだが怯まず聞き返してくるのは流石と褒めるべきか…。
「自分でいうのは良いが、人にいわれると腹が立つものじゃからのぉ」
「長生きしてると、気にならなくなりそうと思ってたよ」
「見た目が年相応であれば、あるいはそうかもしれぬがの」
ワシの歳をしらぬスズシロは、ワシとカルンの会話に首を傾げるばかり。
まるでワシが年寄りのような会話を目の前ですれば、本当かどうか気になるのだろうスズシロの顔には今にも聞きたいといった感情がありありと浮かんでいる。
だがしかし、先ほどその手のことを咎めるような事をいった手前、自分で口に出すことも出来ないのだろう。口にできない言葉がスズシロの眉間の皺となって表れている。
「ふーむ、不都合があって黙っている訳でも無し、教えても良いかのぉ」
「何をでしょうか?」
「ワシの歳じゃよ」
「それでしたら見た目以上とはいっておりましたので、私は二十から三十くらいだと思っていたのですが…どうでしょうか?」
「ふむ、まぁそんなものじゃろうなぁ」
「当たらずとも遠からずといったところで?」
ワシは長命の者を知らねば、その位しか想像が及ばないだろうなという意味で言ったのだが。
スズシロは自分の予測が当たっていたかと思ったのか、なぜかちょっと嬉しそうだ。
「いいや、大外れじゃ。正直ワシも数えとる訳ではないから大体じゃが…六百は超えておるじゃろうな」
「は?」
「六百歳以上じゃ」
返事とも取れる音を口から発し、ピタリとスズシロの動きが止まってしまった。
獣人は特に寿命の振れ幅が広いのだが、長い者に対してもその人生十回分以上は生きてるといわれれば、今のスズシロの様に話を理解しようと固まってしまうのも致し方ないだろう。
「セ、セルカ様の血縁の者は皆そのように長いのですか?」
「ふむ…そうじゃのぉ。ワシに近い者は長かったのじゃが、他は誤差じゃの」
カイルやライラは文句なしに長い、しかしそれ以上に代を重ねた親族は宝珠持ちとしては平均かちょっと長いか? くらいで特筆して長いという訳では無かった。
ワシの親に当たるのは女神さまだろうが、あれは文字通り存在が違うので比べる意味がない。そもそも歳という概念がない可能性の方が高いが。
「そ、そうなのですか」
スズシロは混乱している頭を必死に正そうとしているのか、軽く握った右手を口に当て何やらぶつぶつとつぶやいている。
「まぁ、こうなるじゃろうなぁ…」
「こう言うのは変かもしれないんだけどさ」
「うん?」
「それだけ長生きしてると飽きない?」
「うーむ、今思えば六百なぞあっという間じゃったからの、意外と飽きる暇なぞ無いかったのぉ。それに街やらが発展していく様を見るのは中々楽しいものじゃ」
「そんな花壇の花を愛でるみたいな…」
「似たようなものじゃろう? 自分の手が入っておったら尚更じゃ」
自分が手塩に掛けて手入れした花壇、それを自分の子供が手入れしていく、そしてさらにその子供がと。
その様を見るのは何とも心躍る、それをずっとずっと見続けれるのだ一体いつ飽きる暇があるというのだろうか。
「その分辛いことも多くなるが、そんなもの一巡りしか生きれぬ者であろうと百の巡りを生きる者であろうと同じことじゃしな」
「そう……」
気軽に連絡を取る手段も少なく、街と街を行き来するだけで命懸け。
家を出ればそれが今生の別れなぞ珍しくない世界なのだから、別れが多いくらい悲嘆することでも無い、ただ辛いことに変わりはないが。
「さて、そろそろスズシロも立ち直る頃かの」
「も、申し訳ございません」
「よいよい、それが当然の反応じゃろうしの」
これ以上湿っぽくなりそうな話題をする意味も無いなと、強引に話題を切り替える。
「しかし、やはりといいますか…それほど長生きされているからこその強さ…なのでしょうか?」
「ふーむ、常に鍛え続けた訳でも無いしのぉ。確かに昔よりかはマナの量などが増えておるが…」
それが長生きしたからなのか、それともワシの特性なのかは判断が付かない。
なにせ他に居ないのだから、カイルやライラが一番近いがあの子たちは老いて衰えたので比較相手にはならない。
元々マナの量が多い者は長生きする。だからこそ長生きだからマナが増えたのか、マナが増えたから長く生きるのか…そのどちらかなのか。
そも女神さまがかくあれかしとしたからであれば、誰かと比べることなど完全に不可能となる。
「長生きの秘訣などあれば、ぜひともご教授お願いしたく」
「前もいうた気がするのじゃが…これはワシの種といえば良いのかのぉ。何にせよワシだけのことじゃからの、人に教えれるようなことは無いのじゃ」
せいぜいバランスの良い食生活や適度な運動くらいだ、その点については両方スズシロはしっかりとしているので問題はないだろう。
「そうですか……あっ」
「どうしたのじゃ?」
「もしかして、セルカ様が女皇陛下の養女になられるのを厭うたのは…」
「まぁのぉ…女皇、ミズクが幾つかは知らぬがご先祖と呼ばれるくらいの者の養女になるのはのぉ……」
自分と同世代や多少年上の者を養子にするという話も無いという訳では無いが、ワシと女皇ではアホほど歳が離れている。
それにワシはカカルス家の娘なのだ、はるか昔に亡くなったからといって家を変える気は毛頭ない。
不意に思い出した懐かしい顔に胸が締め付けらるが、今を生きる彼らには悟られまいと曖昧な笑みを浮かべカルンたちの話に答えるのだった…。




