364手間
カンガガッカンと木と木が激しく、何度もぶつかり合う音が響く。
目の前には息がかかりそうなほど近くにカルンの顔、濁流にいま飲み込まれんとしているような焦燥を露わにした表情。
そして顔と顔の間には二振りの木刀が、今にも火花を散らしそうにギリギリとせめぎ合っている。
「鈍っておるかと思うとったが…ま、それでも及第点といったところかのぉ」
「ぐ…ぐぅううう」
喋る余裕があるワシに比べ、ギリギリと歯を食いしばり呻きを漏らすだけのカルン。
いつの間にか追い抜かれた背丈は今ばかりは逆転し、鍔迫り合いで押し込められているカルンは今にも膝を突きそうだ。
正に今膝を折らんとしたところでフッと力を抜き、カルンがホッと息を吐いた瞬間ニヤリと笑いその腹に向けて蹴りを繰り出す。
前に足を掲げ曲げ伸ばしだけの蹴り、いわゆるヤクザキックをハッとした表情のカルンが木刀を盾にしてその腹で受け止める。
ミシミシと木刀が悲鳴を上げるが何とか耐え抜き、ワシが蹴り抜くと木刀で蹴りを防いだ姿勢のまま地面を削りカルンが後ろへと後退させられる。
「うむうむ、しっかりとマナで強化も出来ておる様じゃな」
「今の蹴り防がなかったら絶対ダメな奴だよね?」
「当然じゃろう、じゃが本来であれば攻撃はすべて避けねばならぬぞ。盾や受けるための物ならばともかく武器で受けるのは最終手段じゃ、人相手であればまだありなのじゃが…。魔物相手に武器で受けるは愚の骨頂じゃ受けて折れれば御の字、そのまま捻り潰されるのがオチよ」
ビシリと木刀の切っ先をカルンに向けて叫ぶ。
なぜこんなことをしているかというと、せっかくカルンに会いに来たのだし広く何もない庭もあると来ればやることは一つとこうなった。
「ふむ、まだまだ体は温まってはおらぬじゃろうが、次にゆくとするかの」
「あれだけやって温まってないのは、ねえやだけだと思うよ…ふぅ、それで次は何するの」
カルンに稽古をつけるという事で、私も私もと手を挙げたスズシロや侍中たちは今、縁側でふぅふぅと荒い息を整え。
興味を持ってしまった文官たちは屍の様に庭に野ざらしになる中、カルンだけは多少息が上がり汗をかいているだけなのは流石といえるだろう。
「うむ、剣は持ってきておるな?」
「ミスリルの剣…だよね? ねえやも珍しく持ってきてるけど……」
カルンがカチャリと腰に佩いた剣の柄を触り、ワシの腰に下がる剣にチラリと視線をよこす。
カルンの言った通りワシは最近使っている刀ではなく、シャムシールの様に刀身が反っている特徴的な形状の剣を腰に佩いている。
これはもちろんフェイクでは無く、本物のミスリルの剣だ。
「これから教えるのは『技』と呼ばれるものでな、魔導器で行う事をこの身一つで行うものじゃと思えばよい」
「相手を潰すようなアレ?」
「んむ、それの超上位版という奴じゃな。炎や剣に纏わせたり相手の鎧を無視して攻撃を入れたりとかの」
「それって魔法とは違うの?」
「ふむ、良い質問じゃな。ここでいう魔法とほぼ同じものといっていいじゃろう、じゃが『技』を使うためには絶対的な資質のようなものが必要じゃ。無ければどのような達人であろうと天才であろうと使えぬ」
「それが自分にはある…と?」
「いかにも。宝珠、それが『技』を使うためには不可欠じゃ。といってもそれを使ってという訳ではないのじゃがの」
少し距離が離れているがゴクリとカルンが唾を飲みこむのが分かる、緊張している訳ではなく期待に胸を高鳴らせての事だろう、なにせ目がキラキラと光っている。
炎を剣に纏わせたり、自分だけしか使えないとかそういうのが好きなお年頃だろうし当然の反応か。
「といっても教えることは殆ど無いじゃろうがの。剣にマナを纏わせるのはそれの更に上のことじゃからのぉ」
「えっと…じゃあすぐに使えるってこと?」
「相性というものがあるからのぉ、もしかしたら全く使えない可能性もあるがの。まぁよい、カルン種火は当然使えるじゃろ?」
「うん」
コクリとカルンは頷いてその手のひらに炎を灯す、それを見てワシもまたコクリと頷く。
「うむ、ではそれを剣にマナを通す要領で剣で種火を使うのじゃ」
「それだけ?」
「それだけじゃ、ではやってみい」
『技』名をいう必要があるのだが、本当はそんな必要はないのだ『技』に本当に必要で重要なのはイメージなのだ。
慣れないうちは気合いの声の様に名前を言うと発動しやすいというだけで、ほとんどの人がそれで慣れてしまったせいで、逆に言わなければ発動しなくなってしまっている…と。
「ふぬぬぬぬ」
「ふむ…カイルほどではないがこれは中々じゃな」
カルンが抜き両手で持って気合いを入れていると、残り火で出来たヘビのように剣の表面を炎がチロチロと這いだしている。
カイルはすぐにできたが、あっちはそういう事を空想とはいえすでに知っていたからこそだろう。
それを鑑みればもしかしたらカルンの方が優秀かもしれないと、段々と火の勢いが増す剣を眺めて思う。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「ふぅむ、初めてにしては上出来じゃな」
力んだせいで無駄にマナを消費してしまったのだろう、火が消えてしまった剣を悔しそうに睨み肩で息をしている。
「続けておればすぐにモノに出来るじゃろうの」
「じゃあ!」
「おっとしかし無理は禁物じゃ。まずは力まずに出来るようにの、この際は火の勢いは気にせんことじゃ、息をするように出来るようにすることが一先ずは肝要じゃからの」
「はい…」
ワシの言葉を聞き、早速とばかりにやろうとしたカルンを窘める。
焦っても仕方がない、それにぶっちゃけてしまえばマナに剣を纏わせることが出来るのならば、こんなこと必要の無いことなのだし。
何故そんなことをカルンに教えるのかといえば、カッコイイからだ。
ふざけている訳ではなく、カルンはいずれ王になるその時にカッコよさとは即ちカリスマにつながる。
前線に立つ王が馬上にて剣を掲げ文字通りの気炎を揚げる、まさに物語の王様…ついて来る兵士たちはどう思うだろうかなぞ言うまでもない。
「ところで、ねえやはこれをどの位できるの?」
「愚問じゃな、ワシにかかれば息をするより容易いことじゃ」
ご希望に応えシャオンと甲高い音を立てて抜かれる刀身には、すでに蒼い炎が揺らめいている。
「どうじゃ? これこの通りじゃな」
「炎の色がなんか違うけれどそれは?」
「これは普通の炎ではなく、ワシの狐火を纏わせておるからじゃな」
「っていうことは、それねえやにしか使えないってこと?」
「うむ、そうなるの」
がんばれば蒼い炎を纏わせることが出来ると思ったのだろうか、がっくりと肩を落とすカルンの姿は本人には悪いがなんとも年相応で愛らしい。
「神子様、そろそろお夕飯の準備が出来ますので、一度汗をお流しに」
「おぉ…もうそんな頃合いかえ」
カルンや侍中たちの稽古に夢中で気づかなかったが、空を見上げればすでに茜色に染まりかけている。
文官の言に従い風呂に入り夕食が用意される部屋に行くと、丁度カルンも身支度を終えて来たばかりなのか部屋の中で佇んでいた。
「あ、ねえや」
振り返りそういうとカルンは不意にワシの頭にポンと手を置き撫でてきた。
「んふー、なんじゃ突然に…」
何とも絶妙な力加減で撫でられて、左右の耳の上をカルンの手が行き来する度に、耳が倒れピコンと起き上がることを繰り返す。
「耳ってさやっぱりピンと立ってる方がいいの?」
「藪から棒じゃのぉ…そうじゃなぁ、元から垂れておる様な者以外はそうではないかの?」
「そうなんだ、文官の人がね最近歳のせいか耳が垂れて来たって嘆いてたんだ」
「ふむ?」
今日、カルンがワシやらスズシロをチラチラと見ていたのは、それが理由かと首を傾げる。
「それで思ったんだ」
「うん? 何をじゃ?」
「ねえやって結構な歳なのに耳全然垂れてないなぁって」
その瞬間、屋敷中に大砲がさく裂したかのようなズドンという低く鈍い音が響き渡る。
何事かと人が来る前に、カルンは膝から崩れ落ちドサリと床へ腹を押さえて倒れこむ。
「確かにワシは紛れもなくババアじゃが…言うて良いことと悪いことはあるのじゃぞ」
「セ、セルカ様。今物凄い音が!」
スパンと勢いよく襖が開けられて侍中が部屋の中へと飛び込んでくる。
「お…王太子様? セルカ様いったい何が?」
「なんでもないのじゃ」
「ですが、王太子様が」
侍中へと振り返りニコリとワラッテもう一度同じことをいう。
「な ん で も な い の じゃ」
「はっ!!」
侍中はビシッと見事に背を正しその姿勢のまま器用に外へ出ると音も無く襖が閉じられる。
後日、彼女はその時のことを「あっ死んだかも」そう思ったと、周りの者にこぼしていたとかこぼさなかったとか……。




